永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)
大村が兵と共に浜田城に入って確かめてみると、守備兵は皆鋭利な刃物で喉元を斬られて死んでいるのだった。
「こりゃいい。だが、これはお主らわしの元にいても仕方ないな。案内役を付ける故お主ら、芸州口、小瀬川口の方へ回ってくれ。」
小倉口の高杉軍も当然勝利し、十五万対五千の戦いは、信じられないことに五千の大勝利に終わったのである。
第六場 御陵衛士
時も時、慶応二年七月二十日徳川家茂公が大阪城で亡くなられてしまったのであった。しかしこれは、大村の指令を受けた井上聞多(馨)が黙示録の使徒を使って毒殺させたのである。第二次長州征討は、こうしてなし崩し的に終わり、十二月五日、十五代将軍徳川慶喜が誕生したのだった。さらに十二月二十五日、幕府擁護の孝明天皇が、これもまた大村の指示により、使徒を使った伊藤俊介(後の博文)が京の御所で毒殺してしまったのである。
明けて慶応三年元旦、伊東甲子太郎はいよいよ本格的に永倉、斎藤を自分の側に引き抜こうと島原の角屋に招き、三ヶ日飲み明かしたのであった。その間飲み続けた二人だったのだが、斉藤は黙って飲み続け、永倉は近藤に対する不満をとうとうと伊東に語り続けたのである。伊東はこの宴会に確かな手ごたえを感じたのだった。
結局定刻までに屯所に帰らなかったとして、永倉と斎藤は謹慎となるのだが、永倉はこれは覚悟の上だったのである。斎藤はこの謹慎中、土方に永倉と伊東の話していたこととその心底をこう報告したのである。
「私が三日間聞いた所によりますと、酒の上とは言え、伊東参謀は元より、永倉さんは隊に対する不満がだいぶ溜まっているようです。何しろ三日間、隊と副長への不満を参謀に述べ続けていたんですから。それと次いでに言っときますが、五番隊長の武田観柳斎、七番隊長の谷三十郎は私が心を読みました所、幕府が長州に敗れたことを聞き、佐幕の新撰組を脱退する気のようです。」
土方はそれを聞き、斎藤にこう命じたのだった。
「武田と谷はもういちいぢ証拠を掴んでいるのも面倒だから、斎藤の判断で適当に処断してくれ。参謀に関しては、殺せば組が二つに割れるだろうから、奴の息が掛かっているのが誰誰が分かるまで待った方がいいだろう。それと奴は永倉かおめえかどっちかを引き抜こうとするだろうから、そん時はおめえを間者として伊東の元にやるからその積りでいてくれ。なにしろ永倉の奴は組と俺への不満が多いから、本気で伊東の元に行っちまいそうだからこの役目は任せられめえ。頼んだぞ、斎藤。」
「承知。」
と斎藤は冷静に答え、暗殺の機会を伺っていると、伊東の方が先手を打って三月十三日、彼らは御陵衛士」を名乗って新撰組からの分派を主張し、こう申し出たのだった。
「これは法度違反の脱退ではなく、あくまで分派なんだからね、土方君。それに僕らは先頃亡くなられた孝明天皇陛下の御陵の衛士になるのだから。それを認めてくれた証拠に、永倉君か斎藤君をこちらにくれないかね。これ以降はもう一切隊士は加えないから、もしそんな奴がいたら、法度に基づいてどしどし切腹させてくれたまえ、土方君。」
と、露骨に土方を意識した言葉だったが、土方はこれに対し、こう答えたのである。
「それじゃあ、斎藤をやろう。永倉は大事な二番隊長だからやるわけにはいかねえよ。」
これを伝え聞いた永倉は感激し、伊東に傾いていた心が急激に新撰組の方へ戻す結果となるのであった。こうして伊東と斎藤らは屯所の西本願寺を離れ、孝明天皇の御陵のある高台寺へと最終的に移るのである。晴れて御陵衛士となった伊東らは、薩摩藩の援助を得て活動を開始したのであった。
伊東達と共に分離した時、斎藤は谷三十郎もこの機に脱退しようとしているのを悟ったのである。そこで必要不可欠なものだけを持って、二人の弟にも相談せず、谷三十郎は三月末日、新撰組の屯所を密かに抜け出したのである。斎藤はこのことを木又から報告を受け、伊東からの信頼を売るため、彼にだけこのことを打ち明けたのであった。
「ほう、新撰組の七番隊長ともあろうものが、沈む船から逃げる鼠となったか。そんな奴は私もいらぬ。確か君とは仲の良かった篠原泰之進君と行って、駆除して来たまえ。」
伊東は密かに斎藤と篠原のことを観察し、二人に交流があることに気付いていたのである。それを聞き、やはりこの人はただ者ではない、と斎藤は舌を巻いたのだった。また伊東は、もはや斎藤は自分の忠実な犬となったと思い、笑いを堪えながらこう命じたのである。
斎藤は木又から谷の進路を聞き、祇園石段下を目指して篠原と二人で祇園へ直行したのだった。そこの階段下で斎藤は、篠原にこう告げたのである。
「篠原さん、僕は正面から奴に話しかけるから、あなたは物陰に隠れていて、頃合いを見て背後から黙って斬り掛かってくれないか。」
「おう、承知した。」
二人が配置に付いてからすぐに、槍を手にし、小荷物を背負った谷が現れたのだった。斎藤はやおら彼の前に立ちはだかり、こう呼びかけたのである。
「谷さん、こんな遅くにどこへ行くんですか。」
谷は突然脱走してきた隊の顔見知りに声を掛けられ、一瞬ぎょっとした表情を見せたが、すぐに気を取り直して、笑いながらこう告げたのだった。
「いやー、斎藤君。奇遇だねえ。君も例によって飲みに来たのかね。」
すると、密かに背後に物も言わずに近付いた篠原が、抜き身の刀を振り上げた瞬間、さすがに谷は背後の殺気に気付き、篠原の刃を間一髪手にしていた槍で受け止めたのである。その時、篠原の横に何時の間にか木又が居て、抜き身の山刀を彼の方に向け、篠原の動きに合わせてこう叫んだのだった。
「無外真伝剣法三則、玄夜刀。」
すると篠原の刃を避けた谷の眼に、当時では在り得ぬ明るい光が入って来たのである。谷がその眩しさをよけて再度振り返った瞬間、
「新撰組七番隊長谷三十郎、士道不覚悟にて粛清致す。」
と冷たく叫びながら、斎藤必殺の左片手平突きが飛び込んできたのであった。槍を手にしていた谷はそれを裁き切れず、平突きの刃は思いっ切り彼の心の臓を貫いたのである。谷はうめき声を発する間もなく絶命し、その場に倒れたのだった。篠原は刀を鞘の納めながら、こう言ったのである。
「斎藤、死体はどうしようか?」
斎藤は谷の首に手を当てて絶命を確認してから、こう告げたのである。
「放っておけば良いでしょう。明日の朝になれば、誰かが気付きましょう。」
「それにしても、あの光には驚いた。俺の目までまだ良く見えぬぞ。おい木又とやら、ありゃ一体何なんだ。」
木又はそれを聞き、決まり悪そうに頭を掻いた。
「失礼致しやした。それではあっしはこれで。」
と言って、木又は闇の中に消えて言ったのである。
作品名:永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記) 作家名:斎藤豊