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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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「それにしても、時尾ちゃんは随分雰囲気が変わったね。最初は武家の娘って感じで、こうして気楽に話しかける事も出来なかったのに。おや、それとも一の兄貴の前だからそんなにはしゃいでるのかな。」
 その言葉を聞くと、時尾は耳まで赤くなって、慌ててこう言ったのだった。
「いやですよ、木又ったら。一様の前で。」
 すると、それを黙って聞いていた一は、ぽつりとこんなことを言ったのである。
「時尾、このご時勢ではいつ何があるか分からん。もし仮にやそが先に死に、私とお前が残るようなことがあれば、私の世話はお前が見てくれぬか。」
 あまりにも何気なくそう言われたので、時尾は思わずこう答えていたのだった。
「承知致しました。」
 そう言ってから、時尾はとんでもないことを言ってしまったことに気付き、顔を両手で被い、勝手の方へ逃げてしまったのである。それを見た木又は両腕を挙げ、両手を頭の後ろで組んで、こう言ったのだった。
「あーあ。時尾ちゃんもかよ。まったくあのむっつりのどこが良いんやら。」
と言っていると、道場の入り口から声が聞こえたのだった。
「お前は一様と面体が違うだろ。それから一様、今時尾に何とおっしゃったのです?」
 そうやそに言われて、木又は一の背に隠れ、時尾は勝手から出て来ず、当の一は少しも動じず、平然とこう言ったのである。
「いや、別に。」
 それを聞くと、一瞬やそはいつもの氷のような表情はどこへやら、般若のような形相となって一を睨みつけたのだった。しかし次の瞬間にはいつも冷静さを取り戻し、こう言ったのである。
「主水正様のお達しを、これより三名に言って聞かせる。」
 そこで奉行所で聞いたこれまでの経緯が説明され、自分達が何を依頼されたのかが話されたのである。話が終わると、一同は慌ただしく支度を済ませると、時尾を残して道場を出立したのだった。その時、何故か何時もと違って最後に門を出たやそが出る前に立ち止り、見送る時尾の方を振り向いたのである。時尾は先程のことも有り、やそに叱られるものと思って、眼を伏せたのであった。
「帰りは何時になるか分からんが、帰って来たらすぐ食事ができるように用意しておいてくれ。あっそれから…。」
 いつもてきばきと言うやそが、珍しく口ごもると、時尾は釣られて顔を上げてしまったのである。やそは意を決したようにこういったのだった。
「時尾。」
「はい。」
「一様が好きか。」
 やその問にどう答えたら良いのか分からず、時尾は思わず下を向いてしまったのである。
「答えずとも良い。私は以前お婆様(幾島)に、夫と添い遂げることは出来ぬ、と予言されているのだ。もしその定めが事実で、先程言っていたように、私が死んでお前達二人が残ったなら、一様のお世話は頼んだぞ。あの方があんな風に気楽に話していたのを見たのは初めてだ。お前なら、一様を任せられる。」
 やその意外な言葉に、思わず再び顔を上げた時尾だったが、その時はもうやその姿はかき消えていたのだった。
 急いで表に出たやそだったが、表には先に行ったはずのこうが待っていて、やその前に腕を組んで立ちふさがったのである。
「お母様。」
とそんなこうにやそはそう言うしかなかったのだった。一の母親がこうであることは、永井十訣の面々の間ではもはや公然のこととなっていたのである。こうはうろたえるやそを珍しそうに見ながら、こう言ったのだった。
「時尾のこと、あんたはそれで良いのかい?」
 やそはこうにそう言われて、一瞬はっと顔を上げたのである。しかしすぐに元の冷静な顔に戻って、こう言ったのだった。
「時が無い。行きましょう、お母様。」 
 同行した奉行所の使者の案内で、六人が仁礼源之丞宅へ行くと、幸い守護職の公用方はまだ現場に着いていなかったのである。馬借の勝蔵を愛馬黒駒と共に裏手に回し、やそ自身が別式女のこうと共に正面から乗り込み、後ろに抜き身の斉藤一と弓を構えた漢升を控えさせ、木又には屋上から侵入するように先発させてから、ひっそりとした屋敷の中に声を掛けたのだった。
「もし、お頼み申します。お頼み申します。」
 中からゆっくりと屋敷の下僕の太郎が出てきて、玄関の前に正座して何か言おうとした瞬間、女だと一瞬侮った相手に姫は渾身の当て身を腹に食らわしたのである。
「うっ。」
と一声唸って、太郎がやその腕の中で気絶すると、それとほぼ同時にこうが屋敷の中に突入し、異変に気付いた仁礼源之丞が、まず田中新兵衛を裏から逃がし、それから槍を手に取って立ち向かおうと身構えた瞬間、槍の鞘を外す暇も無く掛け込んできたこうに、見たことも無い蹴り技を顔面に受け、よろけた所をトンファーを出すまでも無く鳩尾に正拳を入れられ、その場に崩れ落ち、縛りあげられたのだった。一方いち早く脱出したはずの田中新兵衛が裏から逃げようとした所、裏門は外側から誰かが押していて、一向に開かない。その内屋根の上から鋭い犬笛の音が響き渡ったのである。新兵衛は裏戸を背にして振り返ると、源之丞から借りた安物の刀を抜き放ったのである。その途端、どこからか山刀が新兵衛に向かって飛んできたのだった。さすがは人斬りと名高い彼は、素早く刀でそれをたたき落とすと、今度は音も無く飛んできた弓が彼の利き腕に突き刺さったのである。
「しまった。」
と彼が言って刀を左手で拾うと、何時の間にか間を詰めていた斉藤一の刀の柄が、新兵衛の鳩尾に深々とめり込んだのだった。それでも彼は気絶せず、左手に持った刀で一(はじめ)を刺そうとしたが、何時の間にか後ろ戸から入って来ていた勝蔵に首を太い腕で締められ、今度こそ気を失ったのだった。事が全て終わった後、守護職の公用方が来たらしく、玄関の方で、
「勅命で御座る。田中新兵衛、御同行願いたい。神妙にせよ。」
と言う声がしたのである。うしろに控えていたやそ姫が、すぐにこの声の主に応対したのだった。
「これは守護職の公用方の皆様、私は京町奉行者の配下の者に御座います。そこに気絶して縛られているのはこの邸の主の仁礼源之丞でございます。田中新兵衛は既に召し捕らえました。どうぞ、御検分下さい。」
と言って姫が奥へ誘おうとすると、公用方の初老の武士が、突然口を挟んできたのである。
「もしや、永井十訣のやそ姫と斉藤一殿ではあるまいか。」
「御意に御座いますが、どちら様でございましたでしょうか。」
とやそが答えると、その武士は満面の笑みを浮かべてこう答えたのだった。
「いやいや、やそ殿にはお初にお目に掛かる。そちらの斉藤殿とは、先日の御前試合以来であるな。拙者手代木直右衛門と申す者。お主達のことは拙者が江戸にいた時、佐川官兵衛殿からお噂は聞いておった。また京に来てからも、京町奉行から話は聞いておってな。万が一の時、守護代との間にいさかいが起きぬよう、わしが仲立ちに立ってくれ、と頼まれていたのじゃ。」
「それはそれは、お初にお目に掛かります。私が永井十訣の頭を務めさせていただいておりますやそにございます。こちらが既に御存知かと言うお話ですが、連れ合いの斉藤一でございます。これ一様、既にお会いになっているとは言え、御挨拶くらいなさいませ。」