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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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「なあに、死人っていうのは、読み本なんかに出てくるのよ。戦国時代の豪傑や剣豪の中で、特に凄腕の者に多いんだが、死の恐怖や痛みが感じ無いんだそうだ。だからそう云った奴は、例え格上の奴と立ち合っても、引き分けを狙って来て、先に首を刎ねられ様とも、自分の体制は崩れねえから、首の無いまんま相手の首を斬ることも出来ちまうって話だ。もっともおいらも話だけで、実物をこうして拝むまでは、本当の話だなんて思っちゃいなかったがね。ところで浪士組のお偉方皆さん、取り合いになる前に言っておくが、この斉藤って男、この土方がもらい受けるが、異存の有る奴はいめえな。」
と土方は、得意のはったりを咬ませるのだった。
それを聞いた近藤は慌てて、こう言ったのである。
「おい土方君。」
 土方は少しも悪びれず、こう言い返したのだった。
「良いだろう、近藤さん。あんたのもんはおいらのもん、おいらのもんはあんたのもんなんだから。それに、この斉藤君は入隊前からあんたの唾が付いていることは分かってるよ。でも、四六時中あんたの用ばかりやらせる積りもねえんだろ。なら、空いてる時間だけでもいいから、おいらの用心棒にしてくんな。俺は攻撃は誰にも負けねえが、守りはとんと自信がねえのよ。真面目な剣の修行なんかしたことねえしな。どうだい、近藤さん、いけねえかな。」
 すると以外にも芹沢鴨が、鉄扇で扇ぎながらこう言って口を挟んできたのである。
「わっはっはっ。近藤さん、ここは土方君の願いを聞いてやり給え。かく言う拙者も、土方君の死人講釈を拝聴仕ったら、斉藤君を護衛に欲しくなったが、あれだれはっきりと欲しいと云うものをやらんのも、大人気有るまい。」
 近藤はそれを聞いて、
「はあ。」
と生返事をすると、土方はすかさずこう畳掛けたのだった。
「おう、そいじゃ決まりだな。近藤さん、安心しな。何も斉藤を独り占めするって言うんじねえんだから。あんたが必要な時は、いつでも返上するから、遠慮無く言ってくんな。
あっ、それから斉藤、お前の意見を聞いてなかったが、それで構わねえか。」
 何故かその時斉藤は、土方の問いかけに対し、すぐに応じたのだった。
「はい、畏まってござる。」
 土方はそれに対し、意外そうな口調でこう言ったのだった。
「何でえ。口が利けんじゃねえか。俺ゃてっきり死人だから喋んねえじゃねえかと思っちまってたぜ。そいじゃ、後の入隊希望者の面接は任せっから、俺は斉藤ともう失礼していいかな。」
とこう言って、誰も良いとも返事をしない内に、土方は斉藤と木又を伴って部屋を出ていき、私室に行ってしまったのである。部屋に居た他の一同はその行動に呆気に取られ、皆一様に、やれやれと云った表情になったのだった。
 土方は自分の部屋に戻ると、上座に着き、斉藤と木又も座らせると、さっそく喋り始めたのである。
「おう、斉藤、木又、座ってくんな。今昔の仲間を呼んだから、すぐここに来んだろう。」
と土方が話している内に、五人の男が部屋の中に入って来て、狭い部屋は一杯になってしまった。土方は笑いながら、さらに続けたのだった。
「皆早(はえ)ーな。昔試衛館にもちょいといた斉藤だ。こっちのちっこいのは、その中間の木又って野郎だ。斉藤、覚えてねえかもしれないんでもう一回紹介しとくが、年齢の順に井上源三郎、おめえと同じ色男の原田左之助、木又と同じくらいの背の永倉新八、北辰一刀流の若侍藤堂平助、そして色が黒くて背が高くて一番若いのが沖田総司だ。近藤さんの話によると、斉藤はなんでも江戸で旗本をぶった斬って、京まで逃げてきたんだとか。すげえ奴が浪士組にへえったってわけだ。」
「ほう、その年齢で凶状持ちでござるか。」
 そう言って、井上は人の良さそうな笑顔を見せたのである。
「斉藤君、久しいな。腕は鈍っちゃおらんだろうな。俺達ぁこれから入隊希望者の見聞でゆっくり話も出来んが、終わったら一杯やろう。試衛館時代も、君とは良く飲んだなあ。もっとも君は、飲むばっかりでほとんど口をきかなかったがな。」
と、どうやら固太りらしく小太りな永倉が、生真面目な顔で言ったのだった。
「そりゃいい。おいらも付き合わせてもらうぜ、斉藤。原田だ、覚えてっかな。」
と比較的背の高い原田は、永倉に同調したのである。
「斉藤さん、久し振りっす。沖田です。また稽古しましょうね。斉藤さんったら、試衛館では弱い振りしてましたが、僕の突きを涼しい顔して皆受け流してくれて、結構ショックだったんですよ。また一緒に稽古しましょう。」
と、色黒で平べったい顔をした若い沖田が付けくわえた。もう一人、藤堂はやんちゃな先輩達の話を聞きながら、ただ黙ってにやにやしていたのだった。そして、
「藤堂です。時々しかお会いしなかったんで、覚えておられないでしょう。でも、沖田君より年下なのに強い人なんで、僕は良く覚えてましたよ。これから宜しく。」
と言ったのだった。
「あぁ分かった、分かった。おめーらまだやることがあんだろう、さっさっと持ち場に戻りな。俺はまだこいつと話があんだから。挨拶はもう終わったんだから、さっさと行け。」
と土方が言うと、
「承知。」
と一同は答え、嵐が過ぎ去る様に全員退出するのだった。
 彼らがいなくなると、土方は斉藤の方を向き直り、こう言ったのである。
「すまねえな。不躾な奴らで。ところでお前さん、近藤さんがどういう経緯であんたを雇ったのか、あの場で何が有ったのか、全部おいらには話してくれたんだ。だからお前さんも、その積りでおいらに接すればいいんだってことを、まずは承知してくれ。」
 すると、斉藤は再び珍しく口を開いたのだった。
「副長殿。実は内密にお耳に入れたき儀が御座います。」
「おう、早速だがなんでえ。」
「あの新見と云う局長、どう云った方かご存じでございましょうか。」
「何だって言うんだよ。」
「私が先程心を読みました所、あの方はどうやら長州と繋がっているようでございます。」
 それを聞くと、めったに動じない土方が、心底驚いたと云った表情を見せてこう言ったのである。
「何だって。新見さんが…。それよりお前さん、読心術も会得してるって言うのかい。どうも信じられねえなあ。本当だっていうなら、今おいらが何を考えているのか、当ててみな。」
 それに対し、斉藤は静かにこう答えたのだった。
「読心術と申しましても、相手がそのことをどれくらい強く念じているかによって、こちらにはっきり伝わってくるかが変わるのでございますが、今副長は、次の句をどうしようか、お悩みと拝察致しました。」
「げえー。ここにいる仲間にも秘密の俳句作りが、どうして分かったんだい。お前さんの読心術が本物だってことは得心がいったが、ただそれだけの理由で、局長の一人を弾劾するわけにはいくめえ。まあ、奴さんの尻尾を確実に掴むまで、新見さんのことはおいらに任せてくんな。それと、斉藤よ、これからできるだけ他の隊士と接触して、他に間者がいねえかどうか、大至急調べてくれ。頼んだぞ。しかしつくづく思うが、読心術ってのは便利なもんだな。ところでさっきから気になってたんだが、お前さんの従者の木又って奴は、目が不自由なのかい。」