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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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『この方が私の父上、まだ一度もお会いしたことのなかった方。何と言う偶然。これを逃せば父娘の名乗りをすることは二度と適わぬかもしれない。」              
 しかし、ついに時尾は名乗り出ることは無かったのだ。そんなドラマが進行している中、天通眼の幾島は、まったく別のことを考えていたのである。
「この桂と言う男と村田と言う男。やがては我らの前に巨大な敵となってたちふさがろう。そうなる前に、ここで二人を斬っておくのが上策なのじゃが、時尾の実父であることは然ることながら、中島殿の弟子とその知り合いではそれも適わぬ。やれ、口惜しや。」
(第十三場)その後
 捕虜とした五人を、京にある太子流道場に監禁してから十日程経った安政六年三月三日、ついに江戸の桜田門外において、大老井伊直弼が、水戸の脱藩浪士らに討ち取られるという事件が起こったのだった。世に言う「桜田門外の変」である。安政の大獄の頃、あれほど多くの忍びを駆使しながら、直弼の駕籠が襲われた時、彼を護衛しているはずの忍びの姿が少しも見えなかったのは、実に奇妙な話であった。
 井伊直弼が討たれたその次の日、長野は江戸に、後の四人は京のそれぞれ縁の所に解き放たれたが、彼らはまもなく、それぞれ非業の死を遂げ、直弼の後を追うのである。ただ当時既に老女であった村山たかだけは、攘夷浪士達の手によって息子の多田帯刀を目の前で殺され、京でさらし者にされはしたものの、命だけ助かり、天命を全うするのである。
 井伊直弼討たれるの報を受けた永井尚志と山口近江守、そして永井十訣の面々の喜びようは尋常では無かった。しかしそれは又、彼らと新撰組を巻き込んだ、攘夷志士達との血で血を洗う戦いの幕開けに過ぎなかったのである。

































第二幕 京都 第一場 入隊
 時は文久二年、永井十訣の首領永井尚志は、大老井伊が暗殺されることによって蟄居が解かれ、位も玄蕃守から主水正(もんどのしょう)となり、役職も京都東町奉行を与えられて、完全復帰することとなった。永井の使命は、もうすぐ京都守護職として赴任する会津中将(松平容保)の露払いをすべく、京の町に屯する不定浪士どもの一掃に目星を付けておくことであった。
 一方永井十訣の面々は、近江での任務を終えた後二手に分かれ、天通眼藤田こと幾島・川井亀太郎・暗器のお芳あるいは神農の芳こと町田芳は中島三郎助らと共に江戸へ帰り、斉藤一と結びのやそ・別式女のこう・三十三間堂の漢升こと吉田勝見・馬借の勝蔵・猿曳きの木又・高木時尾は京の太子流道場へと捕虜達を連れて行き、桜田門外で井伊大老が暗殺されたことを確認すると、拘束していた者を全て解き放ったのだった。しかし前述した様にそれは空しく終わってしまったのだった。
 まず長野主膳義言(よしとき)は桜田門外の変の後、井伊大老の出身藩である彦根の藩主によって処刑され、島田左近正辰(まさたつ)・多田帯刀・猿(ましら)の文吉こと目明し文吉は攘夷浪士の者によって「天誅」され、村山たかは同じく浪士達に捕まって京の町で晒しものとなったが、その苦難に耐え抜き、命を長らえるのである。
 文久三年三月十日、前々からの手筈通り、斉藤一は隊士募集をしていた壬生浪士組に首尾良く合流することが出来たのだった。彼らが江戸から京に行く旅に随行は出来なかったが、小野路村での約定も有り、一(はじめ)は型通りの試験を受けただけで入隊を許されたのである。しかも、いきなり伍長の役職を貰ったのであった。なお一の付添には、何時ものようにやそが務めていては、いささか外聞が悪かろうと、永井三十忍の一人杉浦正一郎と云う者と猿曳きの木又が務めたのである。杉浦は新撰組屯所の場所を案内するためにだけ来ていたので、屯所の八木邸の門前で斎藤と木又と分かれたのである。前で伍長拝命の時、当時壬生浪士組が使っていた屋敷の一つ八木邸の奥の間に一達二人は通され、幹部達と初めて対面したのである。その場にいたのはまず上座に壬生浪士組筆頭局長の芹沢鴨、その向かって左横に同じく局長の新見錦、右横には同じく局長の近藤勇、その隣には副長の土方歳三、その隣には総長と云う意味不明な肩書の山南敬助が正座していた。狭い部屋にいささか不均衡な配置で座る彼らを気にする風でも無く、斉藤一は芹沢の対面に正座し、頭を下げたのである。するとその途端、芹沢は不必要な程大きな声でしかも酒臭いままこう言ったのだった。
「貴殿が近藤氏ご推薦の斉藤一か。一刀流、明石藩浪人(もちろん、出鱈目だが、一の父裕輔は元明石藩にいたことがあった)か、成程、良い面構えをしておる。斉藤君は姉君が水戸に嫁がれたとかで、水戸藩からの推薦状も持参しておる。まさに我ら水戸派と試衛館派の架け橋と云うものじゃな。わしは壬生浪士組の局長筆頭芹沢鴨じゃ。お主は、ここにいる同じく局長の近藤勇とは顔見知りだろう。こちらの局長は、新見錦。近藤氏の隣が副長の土方歳三、その隣が総長の山南敬助だ。誰か何か言うことが有るか。近藤氏の推薦と言っても、遠慮することは無い。何か有るなら、最初に言っておいた方が良いぞ。」    
 すると新見と紹介されたこずるそうな男が、
皮肉交じりに早速こう言ったのである。
「いやいや、近藤氏のご推薦とあらば、我ら水戸の者に否応は御座らん。次の入隊希望者の者と面談致そう。」
 一は新見錦の言葉を聞きながら、何故か頭に、『この斉藤と云う男、長州様にご報告申し上げるべきかな。』と云う言葉が響いていたのだった。すると、近藤の横にいた土方と云う猫背の者が、話を遮ったのである。
「ちょっと待ってくんな、新見さん。この男さっきから気になってんだが、もしかしたら、話に聞く死人(しびと)って奴じゃないかい。なあ、そうだろう、斉藤とやら。」
と副長に尋ねられても、一は何と答えたらよいのか分からず、ただ表情を変えぬまま黙って座ったままであった。後ろに控えていた木又は、強面の男達の前でいつまでも黙っている一に危うさを覚え、思わず口を挟んでしまったのである。
「申し訳ありません。だんなはその極端な無口なもんで、憚りながらあっしからご説明申し上げます。あっあっしは木又と申しやして、一の旦那の中間で御座います。そちらの副長様の睨まれた通り、一様は幼い時から死人の修行をしていらっしゃいます。ですが一目でそれを見抜くたぁ、まったくお見それ致しやした。」
 すると山南と紹介された小太りな男が、不思議そうにこう尋ねた。
「ところで土方君。死人っていうのは何かね。僕の読んでいる書物には、そういう言葉は一度も出てこないのだが…。」
 それを聞くと、土方はいかにも得意そうに説明し出したのである。