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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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 すると、勝蔵を切り刻んだはずの四つの刃は、彼の身体にすいついたまま貼りつき、そのまま引くも進むもならなくなっていたのである。彼は槍を持ったまま四人の坊人の首を抱きすくめると、その首の骨を同時に折ったのだった。だがそれと同時に、坊人の長(おさ)慈尊が、七十をとうに過ぎているにも関わらず、白羽を振り上げて空中へと高く飛び上がっていたのである。四人の命を奪ってホッとした勝蔵は、奥義の相無剣を無意識の内に解いており、もはや慈尊の刀を防ぎようが無かったのだった。彼は無意識の内に左腕で防ごうとすると、慈尊はその腕をすっぱりと斬りおとしたのである。しかしそれと同時に、勝蔵の右の拳が彼の顔面を潰していたのだった。左腕を落とされた勝蔵は、そのまま落馬したのである。「つなぎ」の能力でいち早く勝蔵の惨事に気がついたやそは、すぐに後ろに控えていた幾島と時尾を現場へと向かわせたのだった。二人はすぐに駆けつけると、時尾はすぐに勝蔵の腕を拾って縫い付け、「気」の力によって治癒し始めたのである。幾島は二人を守って、その周りに奥義の八則「玉簾不断」を張り巡らせたのだった。
 しかし、再びやそから頭の中に連絡が入り、そこは大丈夫のようだからこちらに応援に来てほしい、と幾島に指令が下ったのである。彼女は少し気がかりだったが、二人の元を離れることとしたのだった。                               「時尾よ。では私はここを離れるが、くれぐれも抜かるでないぞ。」
 時尾は、勝蔵から目を離さぬままこう答えたのである。               
「こちらは私一人で大丈夫です。早く行って差し上げて下さい。」
 幾島がその場を離れるとすぐ、勝蔵に顔をつぶされて絶命したかに見えた慈尊がむくりと立ち上がり、仕込杖の刃を振り上げてソロソロと時尾の背後に近付いてきたのだった。しかし、彼がいよいよ彼女を斬り捨てようとした瞬間、彼はとんでもないものを見たのである。それは、時尾の後頭部にはりついている二つの眼なのである。
 慈尊が心の中で『この二口女が』と思った瞬間、両眼どころか、背中から生えてきた第三の腕に握られていた長針が、彼の喉元に深々と突き刺さったのであった。慈尊は、やはり心の中で、『この化け物め。』と呟いて絶命したのだった。すると、彼女の後頭部にいつのまにか出来た唇が、こう呟いたのである。                      「無外真伝剣法七則、水月感応。」
『無外真伝剣法七則、水月感応』は、「気」を凝り固めて、自らの分身を作り出すのであった。                                        
 長野一味の幹部達は、残った坊人達に守られ、背後から逃げようとしていた。      
「一体なんなのだ、あ奴ら、とても人とは思えぬ。」                 
「恐らくは一橋派の手の者でございましょう。それにしても凄腕でございます。」         
 しかし、彼らがいくらも後退せぬ内に、先導していた君香が天を指して叫んだのである。        「何か来る。」                                        
 彼女はそう叫ぶと同時に、懐から取り出した父親譲りの金銭鋲を投げつけたのだった。      「空中では避けることもできまい。」                             
 だが空中の人影は、こう叫びながら空中で身を翻して金銭鋲を避けたのである。          
 「無外真伝剣法六則、鳥王剣。」
 金銭鋲を避けてすぐさま落下してくると、芳は寸鉄で君香に襲いかかったのだった。君香は落ちてくる彼女をいなして、忍者刀で斬ろうと考えたが、芳は身体を鳥のように飛びのいて彼女の方向に変え、彼女の頭に深々と寸鉄を突き立てたのである。       
「君香!」                                  と猿(ましら)の文吉が叫ぶと共に、君香はどっと倒れ、その頭には一角獣の如く寸鉄が突き刺さり、ピューピューと血を噴水の如く噴き出していたのだった。芳はそのまま地面に降りず、いずこかへ飛び去ってしまったのである。文吉が娘の所へ駆け寄ろうとすると、その前に猿曳きの木又が、右手に山刀を持って立ちふさがった。彼の右には何匹かの狼が呻りを挙げ、左側には三匹の猿がつき従っていたのである。その頭上には無数の雀蜂が飛び交い、両肩と左腕には五匹の梟が留まっていたのだ。                    「どけ小僧。」                                    と文吉がどなると同時に、あの騒ぎの中で奇跡的にまったく無傷であった彼の部下の下っ引き四人が、ぐるりと彼を囲んだのである。
 木又は心の中で、『猿の相手をするのは猿曳きと昔から相場がきまってらあ。』と呟くと、こう叫んで、山刀を頭上に差し上げたのだった。                  「無外真伝剣法三則、玄夜刀。」                            と突然刀がサーチライトのごとく輝きだし、夜目のきく文吉一味はかえってそれが災いし、全員にわかに何も見えなくなってしまったのである。そしてすかさず五人の内の一人に狼が襲いかかって喉笛を噛み切ったのだった。二人目には三匹の猿が襲いかかり、その手にしていた短刀でしとめられたのである。三人目は無数の雀蜂になぶり殺しにされ、四人目は五匹の梟によってついばまれたのだった。最後の文吉は、両手に持った十手も空しく、木又の強力な当て身をくらって気を失ったのである。木又はすばやく彼を縄でしばりあげ、身動き一つ出来ぬようにしたのだった。
 文吉達の災難、特に君香の最後を見て、島田左近が父親同様駆けつけようとすると、後ろからおこうが襲いかかってきたのである。島田はかろうじてその気配に気づき、おこうのトンファーを抜刀して受け止めたのだった。島田の刀は太い古刀だったので、何とか鉄の塊のトンファーを受け止めることができたのである。だが彼の抵抗もそこまでだった。おこうの嵐のようなトンファーをくぐり抜けて彼女の脇腹に切りつけてはみたものの、革衣一枚が斬れただけで、血の一滴も出ず、かえって彼女の双トンファーの一撃を許すこととなり、島田は失神したのである。
 多田帯刀は、母を庇って得意の二丁拳銃を構えたのだった。そこへもう眼前にやそが迫っていたのである。                                     「待て。刀を捨てよ。捨てねば撃つぞ。」                      と帯刀が叫ぶと、やそはポンと刀の鞘を投げ捨てたのだ。多田がそれに目を取られた瞬間、彼女は刀を彼に投げつけ、彼が発砲した瞬間それを避けると、彼の頭を飛び越えて、その後頭部をしたたかに蹴り上げたのである。そして手にしていたクナイを彼の拳銃を構えた方の片手に投げつけ、拳銃が落ちると同時に彼に組みつき、もう一丁の鉄砲の狙いを狂わせて発砲させ、彼の首をしめ、失神させたのだった。