永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)
珍しく激しい口調で言い切った玄蕃守に対し、一同は口をそろえて答えたのだった。その中には、いつのまにやら山口一も含まれていたのである。彼は一同と共に声を出しながら、これが永井様の魅力か、と思っていた。永井の檄に対し、一同はこう答えたのである。
「はは、承知致しました。必ずや殿様の思い、叶えてさしあげまする。」
と声をそろえて叫んだのだった。玄蕃守は、一同の返事を聞く前から涙をハラハラと流しながら、こう言ったのである。 「良く言ってくれた。そこで既に聞き及びとは存ずるが、皆を江戸に集めたのは他でもない。ここにいる山口一殿の会得した無外流奥義をそちらに伝授してもらうためだ。我らの敵、井伊は、怪人長野主膳率いる彦根忍群に守られている。彼らの力は並ではない。たとえお主らと言えども、正面から戦って勝ちを得るは難しかろう。そこで期限は限られるが、皆に山口殿の奥義を身につけてもらい、万に一つのしくじりもなくそうと思う。そして、無外流十の奥義を身につけたお主ら十人を、今後『永井十訣』と呼ぶことといたそう。頭領はこのやそに務めてもらう。幾島はやそを助けてもらいたい。ご一同、よろしいか。」 「承知。」
皆躍りあがらんばかりの盛り上がりだったが、やそは神妙な顔をし、一(はじめ)は相変わらず冷静だった。 「そこでじゃ、一殿せっかくこうして出会う機会を得たのじゃ。我が永井家百年の宿願、この目で確かめてみたい。どうじゃ、皆の者。」 「それはもう是非。」
一は相変わらずの無表情で、こう言ったのである。 「よろしゅうございますが、十の奥義全てと云う訳には参りませんから、何がよろしゅうございましょうか?」
「それならば一様、辺りはもう暗うございますから、私が会得する神明剣がよろしいかと存じ
ます。」 「おぉそうか。その技ならば確か外の方がよろしいな。それならば余計に都合が良い。皆の者、表にはよ出い。」
一同が内庭に出てくると、広い庭の大きな池の向こう側の建物に、何やらやんごとなきお方に従う一団があったのだ。玄蕃守は、出てきた一同にこう叫んだのである。
「皆の者、控えい。あちらにいらっしゃるは、この屋敷に主にしてご本家藩主永井尚典(なおのり)様ご一行でいらっしゃるぞ。」
一同が膝をついて頭を下げると、尚典がこう叫んだのだった。
「皆の者、大儀。苦しゅうない。面を上げい。」 「良いか。ご本家様も、永井家百年の宿願の成るをその目でご覧になりたいとお越しになられたのだ。山口、抜かるでないぞ。」 「ははっ。」 「ご本家様、こちらが件の山口一でございます。これよりご覧にいれますは、無外流奥義の四つ『神明剣』でございまする。つきましては、あそこに見ゆる大木を一本、技の為に使いたのでございますが、よろしゅうございますでしょうか?」
「うむ、苦しゅうない。好きにいたせ。」 「かたじけのうございます。山口、では存分にお見せしろ。」
「ははっ。」
と言って立ちあがった彼は、本家と分家の殿にそれぞれ一度ずつ頭を軽く下げると、左腕で右の腰からすらりと刀を抜き、いつも通り全身力の抜けた様子で正眼に構えたのである。
「無外真伝剣法四則、『神明剣』。」
彼が、いつもより少し大きめの声でそう言うと、一同は固唾を飲んで見守ったのだった。すると、松明の中であやしく浮かび上がる白刃に、何か煙のようなものがまとわりつき始め、それは段々激しくなって、ついに刀身がまったく見えなくなるほどに激しくなると、今度は、その周りに小さな雷のような光がさし始め、それもまた徐々に激しくなっていったのである。 「えい。」
彼の気合一閃、ドンと大きな音がして、彼の刀から稲妻のごとき光が発し、件の大木に命中し、あの大きな木が真っ二つに裂けて、炎を上げながら左右に倒れたのだった。技を打ち終わった彼の刀の刀身はボロボロに崩れ、一(はじめ)はわずかに黒く残った刀身を鞘に納めることも出来ず、そのまま左手で柄を前にして膝をついて控えたのである。一部始終を見た永井尚典は、こう一言呟いたのだった。 「もはや人の技ではない。我らの如き凡夫に、このようなものを操れるのか?」
息も出来ぬほど驚いている一同の中で、ただ一人元気な玄蕃守は、自らの腰のものを鞘ごと抜き出し、片手に持って一(はじめ)に差し出しながらこう言ったのである。
「山口、見事じゃ。その刀はもう使えまい。これを褒美として使わす。受け取れい。」
「ははっ、ありがたき幸せ。」 と言って彼はうやうやしく刀を受けとったのだった。 「そちは刀の目利きでもあるそうな。どうじゃ。その刀の銘が分かるか。」
一(はじめ)はそう言われて、口に懐紙を加えると、
「失礼。」
と小声で言って刀を抜き、刀身を石灯籠の灯りの方へ向けたのである1。 「まさか、これはあの『鬼切丸』でございませんか。」
「ほう、分かるか。ならば取らした甲斐があったというもの。そなたにたまわる為に、尚典様に予め託されておったのだ。作りは『池田鬼神丸国重』に直しておいたから、人に問われたらそう答えておくがよい。」
一は、尚典に礼の言葉を述べたかったが、その時既に尚典一行は建物の中に入ってしまっていたのである。
(第九場)墨田川の河原にて
作品名:永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記) 作家名:斎藤豊