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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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「おら、馬借の勝蔵です。取り得は力なら誰にも負けねえことだ。だども足が不自由なもんだから、戦う時はおらの蝦夷の黒駒に乗って槍持って戦うだ。誰にも負けねえ。奥義のことは良く分からねえだども、幾島様の言うことには、九則の『相無剣』が良いそうだ。よろしくたのんます。」
 勝蔵がそう言い終わると、突然猿のようなものが、彼の巨体の肩にちょこんと飛び乗ったのだった。見ると、身体は三尺も無いかなり小さな少年だったが、顔つきからどうやら子供ではないことだけは伺えたのである。また、どうやら盲(めしい)のようで、両の眼は機能してはいないらしく、目の玉が少しも動いていないのだった。彼は勝蔵の肩に乗り、両の腕をしっかり彼の首にからませ、顔だけ山口一の方を向いて、先程とは対照的な甲高い声でこう言ったのである。             「おらは猿曳きの木又。得意はけもの遣いじゃ。この世にある生き物は、全てあやつることができる。おらは捨て子だったんだが、そこにいる漢升の父っつあんに拾われて育てられた。だけんど、父っつあんは猟師なのに、おいらは生き物と仲が良かったもんだから、猿曳きの所に修行にだされたんだ。今は太子流の道場でとっつあんの手助けをしている。目は見えねえけんども、おらは生まれつき不思議な力があって、どこに何があるか目と関係無しに分かるもんだから苦労はねえ。奥義はたぶん三則の玄夜刀がええんじゃねえかな。さあ、後は時尾ちゃんだけだぞ。」
 時尾と呼ばれた若い女は、医者の格好をした小柄でぽっちゃりとした乙女で、恐らく四尺半ば頃であったろうと思われた。黒髪をきれいに日本髪に結い、眼は黒かったが、体型とは不釣り合いに色白く、鼻高く、典型的なアングロサクソン系の美女だったのである。しかし、しゃべりだすと、実に流暢な日本語であった。            
「お初にお目にかかります。私は高木時尾と申します。年は十三になりまする。この名は、永井の殿様にいただきましたものでございまして、会津の重臣の高木の家に養女としてもらわれました時に、この名をいただきましたので、それ以来生まれついての名『貞』は捨てましてござりまする。シーボルトと申す異国の医者の忘れ形見でございますお稲と申す者が私の母でございます。父の名は村田蔵六とか言う長州の男の方だそうでございますが、母が私を産んだことを父に明かすことができず、私を遠縁の者に預けたのでございます。その遠縁の者というのが加納の典医でございましたので、今日までとても良くしていただき、医者としてのあらゆる修行をさせていただきました。養父は忍びの里の医者でありましたので、まずはその手ほどきで漢方を習い、八つにして教わることが無くなりますれば、長崎の鍼医者の元に弟子入りし、さらにそれをも極めると、密かに出島にて西洋医学も習い覚えました。この修行中に、自分には不思議な力があることを知りました。まずは、見たいと思えば、人の体の中など、普通見えぬものを見ることができるのでございます。また、手をかざし、あるいは治療の鍼に念を強く込めれば、普通なら助からぬ者も息を吹き返し、切りはなされた腕や足も元に戻ります。また鍼の師は忍びでもありましたので、その方から鶴嘴千本なる戦う術も学んでおりますれば、戦いの場におきましても、皆様の足を引っ張るようなことは無いかと思われまする。奥義は私が思いますに、七則の『水月感応』が宜しいかと存じます。」           
 この少女が、一(はじめ)の二度目の妻となるのであった。そして時尾が語り終えるのを待って、やそが口を挟んだのである。
「いかがでしょう、一様。私達に今それぞれ述べた奥義習得は適いますでしょうか。」
 すると一(はじめ)は、相変わらず気の無い口調でこう答えた。
「それぞれ気功の技を身につけているそうですね。ならば、それぞれの道の達人でもあられるようですし、何とかなりますでしょう。」
 それを聞き、氷のように冷静なやその顔がぱっと明るく輝いたのである。
「それを聞いて安堵いたしました。これからよろしくお願いしたします。あっそれから、皆そろいました所で、ご挨拶に行かねばならぬ所がございます。」
「浜町の玄蕃守様の所だね。」
と幾島がすかさず言うと、
「はい…。」
とやそが答えた時、道場のあらぬ方角から大きな声がしたのだった。
「その必要はないぞ。」
 一同が声のした道場の入り口の方を一斉に見ると、謹慎用の地味な着物に身を包んだ永井玄蕃守尚志と山口近江守が立っていたのである。一同、
「父上。」
「玄蕃守様!」
と叫んだのだった。一(はじめ)は、それまでの緊張した雰囲気が一挙に変わったことを感じたのである。冷徹な刺客の集団であるはずの面々が、まるで親に出会った子供のように目を輝かせているのだ。理由は分からないが、少なくともここにいる自分以外の全員が、この玄蕃守と言う人物のためにいつなりと命を投げ出す覚悟であることは伺えるのである。                 「皆の者、大儀。久しぶりじゃのう。」                    と彼は大声で言い、大きな声で笑ったのだ。その横で、相も変わらず怖い顔をして近江守が油断なく立っていたのである。そしてぐるりと見回して一同の顔ぶれを確認すると、お芳がニコニコ笑いながら小さく手を振ったので、ゴホンゴホンと咳払いをしたのだった。それに構わず、笑い終わった玄蕃守は話を続けたのである。                        「これで一味が勢ぞろいしたわけじゃな。山口一殿お初にお目にかかる、私がそなたらの頭(かしら)である永井玄蕃守尚志である。本来なら屋敷に蟄居中なのだが、この本家屋敷には地下の抜け道で出入り出来てな。こうして誰にも気づかれずにここに来れると云うわけじゃ。」                                            
 一(はじめ)が軽く会釈をすると、幾島が口を挟んだのだった。                  「殿様、お久しゅうございます。だいぶお窶(やつ)れになられたのではありませんか?」    
 確かに玄蕃守は、誰からみても頬がこけ、眼だけがらんらんと輝いていたのである。   
「幾島、本当に久しいな。そうか、お主にもそう見えるか。さもありなん。わしは井伊の大獄による弾圧などに屈さぬぞ。それは我が同士、岩瀬忠震(ただなり)もそうであろう。だが奴の圧政の所為で、今まで多くの有能の士が命を落とし、罰を受けている。わしは切腹させられようとも文句は無い。明日の幕府、いや日本を背負って立つ俊才の、あたら命を縮めおって。許せぬ。井伊。ご一同。こうなれば志半ばにして倒れた方々のの無念を晴らし、これ以上の大獄を続けさせぬ為に井伊の命を縮めてやらんてはならぬ。皆の者、その為この玄蕃に命を預けてくれるか。」