月に吼えるもの 神末家綺談6
飾り櫛だった。竹で作られたこれは、みずはめが大切にしているものだった。
「これは、母上様の形見ではないか・・・」
「母上様、どうかどうか兄様をお守りくださいますよう・・・」
どうか、どうか、とみずはめは祈り続けながら、少年の埃の積もった髪を梳かす。涙声が少年の胸に落ちてくる。
二人で逃げる。
この役目を捨てて、生きたいように生きる。
そんなことを考えたこともなかった。妹が不自由せずに生きる道だけを見つめ続けてきたから。だがみずはめが、自由を望むのなら。
「・・・必ず、」
渇いた声で少年は呟いた。
「必ず生きて・・・二人で逃げよう・・・」
みずはめが顔を上げる。そして、涙でぬれた顔で頷くのだった。
命が惜しいと、少年は生まれて初めて思った。受け取った櫛を握り締める。
「・・・お行き、わたしは心配ないから、」
「兄様・・・」
「さあ」
お行き、と再び呟いた少年を、みずはめは再度抱きしめた。
「みずはめは、いつも兄様を思っておりまする」
作品名:月に吼えるもの 神末家綺談6 作家名:ひなた眞白