月に吼えるもの 神末家綺談6
「しかし、大殿様に・・・」
「ここでお待ち」
女官と衛士を待たせると、みずはめは一人、少年の待つ祭壇へと向かってきた。毅然とした表情が、みるみる崩れ、大きな瞳に涙がたまるのが見えた。
「兄様、こんなお姿になって・・・」
祭壇にいる兄に駆け取ると、みずはめは痩せた身体を抱いて嗚咽をもらした。間近で感じる妹のぬくもりが、少年の中に人間としての感情を蘇らせていく。まだ生きているのだと気づかせてくれる。
「何をしているみずはめ、此処へ来てはならぬ・・・」
「なれど」
「内裏にお戻り・・・夜が、来るよ」
「兄様・・・」
美しい妹。枯れ木のような少年に比べ、花のように美しい。長い黒髪に飾られたかんざしがきらりと瞬く。
「・・・兄様、雨は、降らないかもしれませぬ」
ひとしきり少年の胸で泣いてから、みずはめは声を潜めて言うのだった。
「どういうことだ・・・」
「帝は、天の怒りをかっております。この旱魃は、帝への罰なのです」
「・・・罰?」
この都は、多大なる犠牲の上に成立している。反発する政敵を拝し、過酷な労働を民衆に強い、その上で栄華を誇っている。正義と慈悲でもって幸福をもたらしてくれる天は、その所業を許さなかったのだ。
作品名:月に吼えるもの 神末家綺談6 作家名:ひなた眞白