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孝馬 友嘉
孝馬 友嘉
novelistID. 52486
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てのひらの魔法

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 窓から顔を覗かせる陽穂を微笑んで迎える。陽穂は嬉しそうに返事をした。いつもそうしている様に、今日も掌から魔法を伝えてくれるつもりらしく、まるで真綿でも包むかの様に、掌を内側に上下重ね合わせた手を大切そうに胸の前に掲げている。そのまま重ね合わせた手を維持する為、荒々しく足を振り回して手を使わずに履いていたスニーカーを脱ぎ散らかし、ささやかな縁側に見立てた縁台に足を掛けて窓から部屋に上がり込む。陽穂の足からすっぽ抜けたスニーカーは、母が丹精を凝らして造り上げた庭にそれぞれ明後日の方向へ飛んで行った。陽穂は飛んで行ったスニーカーになど目もくれず、いそいそと巴月が上体を起こすベッド脇までやって来ると、にんまりとした顔で重ね合わせたままの手を巴月に差し出した。
「はい、つきちゃん。おみやげ」
 おみやげと称して差し出された手を、巴月は興味深げに見つめる。
「まぁ、なぁに?」
 差し出された手に顔を近付けると、陽穂が
そっと重ね合わせていた手を開いた。掌を下にしていた右手を退かしたので、掌を上にしていた左手だけが残される。そこにはビニールで包装された大きめの紅い飴玉が二つ、ころりと並んで乗っていた。紅い飴玉を目にし、次いで顔を上げて陽穂を見た。すると、陽穂は得意満面の表情を浮かべた。
「今日学校から帰る途中にね、道に迷ってるおばあちゃんがいたの。そのおばあちゃんに声を掛けて、道を教えてあげたらね、おばあちゃんがどうもありがとうって、お礼に飴をくれたんだよ。二個貰ったから、つきちゃんと一個ずつで半分こしようと思って大事に持って帰って来たの」
 誇らしげに、掌に乗せた紅い飴玉を改めて巴月に差し向ける。褒めて褒めて、と言わんばかりに張られた胸と、得意気な表情が可愛らしい。
「そう。おばあちゃんに道を教えてあげて、えらかったのね」
 陽穂とて最初から見返りを期待して声を掛けた訳ではないだろう。目の前に困っている人間が居たから、単純に声を掛けた。陽穂からしてみれば、ただそれだけの事だったろう。さり気無い親切というのは、その実人によっては酷く難しいものだ。それを極自然にやって退けるのが陽穂だった。今回は結果的に褒美として飴玉を受け取ってはいるが、例えば声を掛けた人間が感謝の言葉すら口にしなかったとしても、陽穂は少しも気に留めないに違いない。何の躊躇も無く、見ず知らずの赤の他人に手を差し伸べる事ができ、感謝をされれば手放しで喜ぶ事ができる無垢な自慢の妹の頭を、巴月は掌でそっと撫でる。細く繊細な髪を指で梳けば、陽穂はくすぐったげに目を細めた。さらさらとした指通りを一つ一つ確かめる様にして掬い、その気持ち良さに巴月は口許を緩める。
「さぁ、ちゃんと玄関から入り直して、手洗い嗽をしていらっしゃい。その後で、一緒に
おばあちゃんから貰った飴を頂きましょう?」
 髪から指を離して促すと、陽穂は巴月の言葉をすんなりと受け入れた様子で頷き、ちらりと紅い飴玉を見遣った。視線の意図を汲み取り、巴月が手を差し出す。
「あきちゃんが戻って来るまで、飴は大事に預かっておくから、ね?」
 陽穂は差し出された手に然して迷う事無く紅い飴玉を二つ乗せた。陽穂がずっと大切そうに掌で包んでいた為、飴玉を溶かす程ではないにしろ、ビニールの包装が微かに温もりを帯びている。それはそのまま陽穂の優しさの温度の様に思えた。
「すぐに戻って来るから、待っててね?」
 確認する様に言う陽穂に、巴月は微笑を浮かべて応えた。陽穂はそれを目に留めてからベッド脇を離れ、水色のランドセルを揺らして、入って来た庭続きの窓から出て行こうとする。部屋に上がる際に庭に脱ぎ散らかしたスニーカーは、そのまま明後日の方向に転がっている。しかし、元より陽穂が窓から部屋に上がり込む時は、靴を揃えた例が無かった。大抵は今日と同様足を荒々しく振り回して履いている靴を脱ぎ散らかし、母が丹精を凝らして造り上げた庭に転がしてしまう。その為、縁台の下にはいつの間にか陽穂専用のサンダルが用意されるようになっていた。縁台に立った陽穂は慣れた様子で下からサンダルを引っ張り出し、無造作に足に突っ掛けて転がしたスニーカーを取りに庭へと降り立った。そのスニーカーを履く時も、爪先でひょいと向きを正して足を突っ込んだ。両足共スニーカーに履き直すと、サンダルを指に引っ掛けて縁台の下に放る。顔を上げざまに巴月を見て笑い、もう一度待っててね、と念を押した。巴月ももう一度微笑を浮かべて応えた。それに満足気な表情を返し、陽穂は今度こそ水色のランドセルを揺らして庭を出て行った。遠ざかる足音に、巴月はくすくすと笑みを零す。短い間を置いて玄関扉が開き、改めてただいまと声高に言う声が響いた。迎える母の呆れ顔が目に浮かぶ様だった。小走りに廊下を進む足音を耳に、巴月は掌に乗せられた紅い飴玉に視線を落とす。陽穂の優しさをそのまま象徴する飴玉は、ころりと二つ部屋の電灯に照らされ、掌の中で紅く輝いている。巴月はふと口許を緩めた。これが、陽穂の掌の魔法だった。紛れもない陽穂の優しさから生み出される、掌の魔法。それは体が丈夫でなく、碌に学校に通う事すら出来ない、それどころか満足に外を歩く事さえ出来ない巴月の為の魔法だった。閉ざされた世界で生きる巴月を思い、陽穂は毎日掌の中に何かを包んで持って帰って来る。毎日毎日、学校から帰る度に何かを包んだ掌を、巴月に見せるまで大切そうに重ね合わせて。巴月はそれを掌の魔法と呼ぶ様になった。きっかけは些細な事だった。最初に陽穂が掌に包んで持って帰って来た物は、小さな二羽の折り鶴だった。その日も掌で大切そうに折り鶴を包み、庭先から巴月の部屋に上がり込むと、したり顔で重ね合わせたままの手を巴月の前に差し出した。巴月が顔を近付けると同時に、そっと重ね合わせていた手を陽穂が開く。そこには、小さな二羽の折り鶴が並んでいたのである。学校の友達と小さな折り紙を使って折ったのだという。綺麗に折る事が出来たからと、巴月の分と陽穂の分で一羽ずつ、二羽の折り鶴を持って帰って来たのだった。
「一羽をつきちゃんにあげる。もう一羽は私のね。二人で一羽ずつだよ」
作品名:てのひらの魔法 作家名:孝馬 友嘉