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孝馬 友嘉
孝馬 友嘉
novelistID. 52486
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名も無き電子の夢

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 それから、彼女と繋いだ端末とにらめっこする日々が続いた。いくらにらめっこを続けた所で、やはり取扱説明書も、それに準ずるものも何処にも見つからない。ルイ自らの手で彼女のプログラムを一から改めていくしかなかった。計算処理能力は見つかった。しかし損傷が酷く、恐らくは難解な計算式を解く事はもう出来ないだろう。言語能力は至極簡単なものしか取り付けられていないらしい。予め組み込まれた数通りの言葉をプログラムされているのみで、それ以外の言葉の受け答えは出来ず、当然プログラム以外の言葉を自ら発する事は出来ない。つまり、言葉に依るコミュニケーションは計れない。そもそもコミュニケーション能力自体が無いといってもいい。家事能力は端から取り付けられていないようだ。その他の能力もめぼしいものは見つけられなかった。結果、彼女は計算処理をこなすだけの能力しか無いらしい事が分かった。まだロボットの技術がそれ程発展していない頃、速さと正確さを売りに計算処理をする為だけのロボットとして生産されたものらしい。それも当時の話で、今では用済みとして打ち捨てられるだけの廃棄物扱いだ。今の時代、何処を探しても計算処理しかこなせないロボットなど見つからないだろう。そんなロボットは疾うに時代遅れで、今では計算処理も、人とのコミュニケーションも、家事も、運動も、全てこなせてこそのロボットが当然のように溢れている。最早、それら全てがこなせるだけでは不十分といわれる時代になりつつあるのだ。確かに、今彼女を必要とする人など、何処を探しても見つけられないに違いない。彼女の専売特許であり、唯一こなせる、当時速さと正確さを売りにしていた計算処理能力も、内部の損傷具合からいって何処まで出来るのかも分からない。だから捨てられたのか、それとも損傷するよりも前にもっと性能の良いロボットが世に出てきたのか。どちらにせよ、彼女は役立たずとして廃棄された。そして、ルイは廃棄されていた彼女を拾い、起動させた。今の最新鋭のロボットが、時代遅れのロボットを、だ。更にはもう一度彼女を起動させたいと思っていた。彼女に動いて欲しい。彼女に微笑んで欲しい。彼女の声音を聴きたい。ルイはそう望んでいた。その為にルイはあれこれと手を尽くした。が、彼女の傷んだ基盤を取り替えようと方々を探し回っても、それだけはどうしても見つける事が出来なかった。代用出来そうな物ですら、見つけられなかった。彼女の型は、余りに古過ぎた。どれ程ルイが手を尽くそうとも、こればかりはどうにもならない。ルイは、選ばなければならなかった。彼女を起動させる事を諦めるか、それとも傷んだままの基盤で起動させるかを、だ。勿論、傷んだままの基盤で起動させればその分消耗は激しく、彼女への負担も相当なものになるだろう。それに構わず無理にでも起動させ続ければ、完全なる破壊への一途を辿る他に無い。それでもルイは、どうしても彼女を諦める事が出来なかった。彼女を壊してしまう事はしたくない。けれど、彼女を起動させずにいる事もまた、出来ないのだった。ルイに柔らかな微笑と清らかな声音を向けてくれるのは、この世界で唯一人、彼女だけだったからだ。そして、ルイは選んだ。結果として、ルイは彼女を求めた。彼女の微笑みを見たくて、彼女の声音を聴きたくて、遂にルイは傷んだままの基盤で彼女を起動させた。
 彼女はのろのろと上体を起こし、ルイは見た。ルイもじっと彼女を見つめ返す。やがて、彼女が緩々と微笑んだ。
「こんにちは」
 そして清らかな声音でたった一言、それだけの短い挨拶を口にする。ルイにはその一言で十分だった。
「こんにちは」
 ルイもそれだけの短い挨拶を返す。彼女はにこにこと微笑むばかりで、それ以上の反応は示さない。ルイは彼女の微笑みを黙って見つめ、暫く眺めた後、彼女の電源を落とした。それからこの束の間のやり取りが、彼女の微笑みを見つめ、彼女の声音を聴く刹那の時が、ルイにとって欠かせない、掛け替えの無い時間になった。ルイは毎日一度だけ彼女を起動させた。それも、彼女がたった一言の短い挨拶を口にし、微笑む極短い間だけだ。ルイはその極短い時間だけで満足しようと努めた。あまり長い時間彼女を起動させれば、その分彼女への負担も大きくなる。この程度の極短い時間であれば、彼女を損壊させずにもう何回かは起動させる事が出来るのではないかと考えての事だった。
「こんにちは」
 今日も起動させた彼女がルイを見つめ、微笑み掛け、清らかな声音を向ける。ルイもこんにちはとただそれだけの短い挨拶を返す。挨拶を受けた彼女は只管に柔和に微笑んでルイを見つめ、ルイも彼女の柔和な微笑をじっと見つめて短い時を過ごす。その刹那の時を、ルイは何度も繰り返した。繰り返す度に、もう一度、もう少しだけ、と途方も無く祈りながら。ルイの祈りが通じたのか、それとも束の間起動させるだけならばそれ程負担も掛からないのか、目立った損傷も無く、ルイの求めに応じて彼女は起動し続けた。だからこそ、ルイは油断した。彼女はまだ起動させ続ける事が出来る。それならば、もう少し変わった反応を見られないものかと、生じた隙の中で思ってしまったのである。ある日、ルイは物は試しと簡単な、それこそ足し算と引き算しかない計算式を連ねた問題用紙を、思いつきで彼女に与えてみた。
「これをやってみてもらえるかな」
 いつものように起動させた彼女にそう言って問題用紙を手渡すと、彼女は従順にはいと一つ頷いて問題用紙を受け取った。全てのロボットがそうであるように、彼女もまた役割として与えられたものに何の意味があるのか、それが何の役に立つのかなどの疑問は持たない。ただ役目として与えられたものを指示通り忠実にこなすだけだ。彼女は受け取った問題用紙を、そこに連ねられた計算式をさっと眺め、すぐに解きに掛かった。黙々と取り組み、そして決して速くはないが、彼女は終わりましたと一言、解いた問題用紙をルイに返した。ルイをじっと見上げて反応を待つ彼女を前に、ルイは一つ一つ彼女の答案を確認していく。ミスは、無い。この程度の計算ならば、まだ問題無くこなせるようだ。尤も、当時の売りだっただろう速さは無く、子供と同じくらいの速さでしか解く事は出来ないが、それでも損傷の激しい中できちんと取り組む事が出来るのだから上出来だろう。用紙から顔を上げると、まだルイをじっと見上げている彼女と目が合った。ルイと目が合った途端、彼女が緩々と小首を傾げる。
「お役に立てましたか?」
 予めプログラムされていたのだろうが、まさか彼女の方からそんな風に尋ねられるとは思ってもいなかったルイは、面食らった。
「あ、うん。ありがとう」
作品名:名も無き電子の夢 作家名:孝馬 友嘉