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孝馬 友嘉
孝馬 友嘉
novelistID. 52486
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名も無き電子の夢

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 何が可笑しいのか、馬鹿みたいに『勿体ない』を繰り返してはげらげらと笑い続けている。そこに含まれた意味を、露骨な嫌味を感じ取れない程、ルイは鈍感には出来ていない。ただ、その露骨な嫌味を感じ取り、嘲笑を受けた所で、特に何とも思わないだけだ。必要があればプログラムされた通りに怒ってみせる事も可能なのだが、今此処で怒ってみせた所で利は無く、また意味も無いと判断した為、黙って聞き流す事にしたのだった。ルイに、ロボットにこういった露骨な態度を取る人は多い。寧ろ、大多数の人がそうだといっても過言ではない。人は基本的にロボットを便利な道具として扱ってはいるものの、より人に近いロボットに対しては何処か卑屈な感情を抱いてもいる。かといってそれを素直に表に出すのも癪なので、結果的に横柄な態度を取ってしまうのだった。ロボットが決して人に逆らわないようプログラムされている事を知っているが故の態度だった。人がロボットに対して気を遣う意味や必要は無い。人がどんな態度を取ろうとも、ロボットが人に不快な思いをさせる事は決して無いのだから。もしロボットに不快な感情を抱く人が居るとすれば、それはその人の矮小な器に因る劣等感がそうさせるだけの話だ。そして、そういう人程ロボットに対して露骨な態度を取りたがる。ルイを含めたロボットは、露骨な態度にはまともな受け答えをせず、適当に受け流すよう予めプログラムされている。だからルイは、同僚の言葉を、態度を、嘲笑を、受け流す。その行為こそが実は人を見下しているのだと、どちらも気付こうとはせずに。
 一頻り笑い終えた後、同僚は黙りこくるルイの肩に妙に馴れ馴れしく手を置くと、下卑た笑みを浮かべて言った。
「あのがらくたは旧式だから、あっちの役にも立たないと思うぜ」
 ああ、ロボットのお前には関係の無い話だったな、と続ける同僚に、ルイは愛想笑いだけで返した。

 同僚と別れて彼女を連れ帰ったルイは、早速彼女を直してみる事にした。最近のロボットは余程の事が無い限りはメンテナンス作業や修復作業を自分で行う事が出来る。ルイは彼女を隅々まで調べ、必要な処置を施していく。取扱説明書も無く、それに準ずるものも内蔵されていない為、完全に手探り状態だったが、何とか修復すべき箇所を探り当てていく。まず、バッテリーが切れていたのでルイの充電端末を繋いで充電してやり、消耗していた部品を取り換えて回路を繋ぎ合わせた。既に基盤が相当傷んでいるが、余りにも型が古い為に替えの物が無く、また代用品となる物も見つからない。こればかりは諦めるしかなかった。それでも、まだ何とか動かせるようなのが救いだった。酷使すればすぐにでも壊れてしまうだろうが、試しに動かしてみる程度なら問題無いだろう。何故こんなにも必死になるのか、ルイ自身にも解らなかった。ただ、無残にも打ち捨てられていた彼女がまだ動くのだという事を、確かめてみたかった。それだけだった。ルイの必死の処置の甲斐あって、程無くして彼女を起動させる事が出来た。彼女が初めて目を開けた時に生まれた不可解な感慨の名前を、ルイは知らない。
 彼女がのろのろと上体を起こし、徐にルイを見る。彼女の周波数を調べる為に繋いだモニターには、今の所は異常は見られない。ルイは黙って彼女の次の反応を待った。彼女の視線と、ルイの視線が絡み合う。暫くして、彼女が緩々と微笑んだ。
「こんにちは」
 そして清らかな声音で、たった一言、それだけの短い挨拶を口にする。どうやら彼女は、ルイを人として判断したものらしかった。今はロボット同士が微弱な電波を発信、また受信して瞬時にロボット同士である事を判別する事が出来るのだが、彼女が生み出された当時はまだその機能は無かったのだろう。
 彼女の微笑と短い挨拶を受けたルイの何処かが、鋭く疼いた。相手がロボットとはいえ、誰かにこんな柔らかな微笑を、清らかな声音を向けられたのは、ルイにとって初めての事だった。人であればロボットに対して横柄な態度を取りたがり、ロボット同士であればそもそも交流する必要が無い為に何処までも無関心な今の世界で、実は一番孤独なのはロボットなのかもしれない。感情が無いロボット達は、その孤独を孤独と気付けないまま朽ちていき、廃棄処理される。
 彼女の短い挨拶から数瞬遅れて、ルイは慌てて口を開いた。
「こ、こんにちは。僕はルイ。貴女の名前は?」
 ルイの問い掛けに、彼女は微笑を湛えたまま小さく首を傾ける。が、それだけだった。どれ程待ってみても、彼女は小さく首を傾けたまま一向に次の反応を示さない。ルイの言葉の意味が理解出来なかったのか、そもそも彼女に名前自体が無いのか、或いはその両方か。どちらにせよ、これ以上の反応は望めそうになかった。ルイは諦めて一度彼女の電源を落とした。もし彼女をこの先も起動させたいのなら、もっと手を尽くしてあれこれと調べなければならないだろう。取扱説明書も、それに準ずるものも無い彼女の事を知るのは容易ではない筈だ。ルイと型が近いロボットならまだしも、彼女はもう型が無い旧式のロボットなのだ。一筋縄ではいかない。しかし、ルイは諦めるつもりは無かった。彼女が目を開くまでは、一度起動させてみてそれで終わりにするつもりだった。が、実際に起動させてみて、彼女が初めて目を開けるのを見て、今まで誰にも向けられた事の無い微笑と声音を受け、考えが変わった。もっと彼女が動いている所を見たい。もっと柔らかな微笑を見たい。もっと清らかな声音を聞きたい。ロボットであるルイに、そんな欲が生まれてしまったのである。ルイはちらと彼女に視線を向ける。つい先程まで微笑んでいた彼女は眠っているかのように目を閉じ、ぴくりとも動かない。ルイの中で彼女の柔らかな微笑と清らかな声音が鮮やかに甦り、揺れる。ルイは目を伏せ、奥深くで揺れる彼女の微笑と声音にそっと触れた。一先ず、彼女を起動させる事は出来たのだ。その事に改めて安堵し、ルイは本腰を入れて彼女の事を調べる決意を固めた。もっと彼女の微笑を見る為に。もっと彼女の声音を聞く為に。
作品名:名も無き電子の夢 作家名:孝馬 友嘉