名も無き電子の夢
ルイは廃棄処理場に打ち捨てられた彼女に目を留めた。人の形をした、けれど決して人にはなれない、人の模造品。随分前から何処かに放置されていたのか、美しい髪にも、眠っているようにしか見えない端整な顔にも、すらりと伸びた四肢にも埃を被り、全身うっすらと汚れている。その無残な姿に特別何かを思ったつもりは無かった。が、やはり自分と同類である彼女が無造作に廃棄処理場に打ち捨てられている事に、何処かで引っ掛かりを覚えたのかもしれない。だからこそ、思わず足を止めて彼女に目を留めてしまったのかもしれなかった。立ち止まったルイに数秒遅れて気が付いた同僚が、どうした、と怪訝な顔付きで声を掛ける。
「あの、彼女は?」
ルイは僅かに躊躇った後、廃棄処理場に打ち捨てられた彼女を指して言った。同僚が、どれ、とルイの指差す先を視線で追う。すぐに彼女に気が付いた様で、ああ、あれか、と無感動な声を漏らした。ルイにとっては『彼女』であっても、同僚にとっては『あれ』でしかない。そして大多数の人間にとってもそうだろう。人と物との決定的な差だった。ルイは、その事について何かを思う事は無い。それは当然の事だからだ。
「相当古いタイプのロボットだな。もう何処を探してもあんな時代遅れの型無いだろうに。大方、大分前から倉庫に放置されっぱなしだったのを、誰かが見つけて捨てたんだろ」
さもつまらなそうに言う同僚の声に些かの躊躇いも同情も垣間見えないのは、それが彼にとってどうでもいい事であり、尚且つ相手がルイだからだろう。いくらロボットが精巧に人を模して造られた物であっても、人にとっては所詮は物でしかない。そして、物は消耗するものである。壊れて使い物にならなくなれば、当然のようにただ打ち捨てる。それが道理だ。ロボットも例に違えずその道理に当て嵌まる。だからこそ、同僚にとって、そして他の誰にとっても、今廃棄処理場に打ち捨てられている彼女の姿は当然のものであり、そこに躊躇いや同情を差し挟む余地など無い。更に、それを同じロボットであるルイに話す事にも、何ら気後れをする必要は無い。そういう事だった。
ルイは、今の時点では最も人に近いと言われている最新鋭のロボットだ。人の感情が作り出すありとあらゆる表情をその細部に至るまで表現する事ができ、さも感情があるかのように振る舞う事が出来る。おべっかや心配りまでプログラムされている為、少し話した程度では既に人との区別もつかない域にまで達している。計算処理能力も、運動能力も、言語、コミュニケーション能力も、従来のロボットに比べてかなり高い水準にある。が、それも今現在での話だ。世間の流れは速い。今こうしている間にも次々とロボットは開発され、より人に近いものを、より性能が良いものをと求めて開発され続けている。最新鋭と謳われるロボットなんて、それこそ一年を置かずしてすぐに出てくる。恐らく、今廃棄処理場に用済みとなって無残にも打ち捨てられている彼女も、開発された当初は最新鋭のロボットだったに違いない。それが今では、現状通りもう型も無い時代遅れのロボットだ。人はすぐに新しい物に飛び付く。より性能が良く、より便利な物を、人は求め続けている。役に立たなくなった物など、すぐに廃棄処理扱いだ。そう、丁度今打ち捨てられている彼女のように。そしてそれは、いつかはルイも辿る道だ。ルイにもそれは解っている。解っていても、どうしようもない流れがある。ルイはその事を不安だとか、悲しいだとか思った事は無かった。やはりそれは、大多数の人がそう思うように、当然の事だからだ。が、そう思う一方で、廃棄処理場に無残にも打ち捨てられた彼女からどうしても目を逸らす事が出来ない。
「何だ、気になるのか?」
彼女に目を向けたままいつまでも動こうとしないルイに、同僚が首を傾げる。同僚は、人だ。ルイとは違う。ルイがどうしても目を逸らせないでいる当然の事から、いとも簡単に目を逸らす事が出来る。
昨今では、人とロボットを半々で雇用する企業がほとんどだ。ロボットだけを雇用すれば金も掛からず、作業効率も格段に上がるのだが、人のように融通が利かない。その為、工場等の完全な流れ作業になると話は別だが、それ以外の企業では多少金を掛け、効率を下げてでも人とロボットを半々で雇用する企業が急増しているのだった。ルイが働く会社もそうだ。人とロボットでコンビを組ませて働かせる体制を執っており、ルイと同僚もその体制に当て嵌まる。
「彼女、直せないかな?」
ルイが言うと、同僚は目を丸くした。
「はあ?お前本気で言ってんの?あんなの、直した所で計算にも使えるかどうか分かんないぞ?そんながらくた直してどうしようって言うんだ」
「でも、まだ動くと思うから」
「いやいや、動いた所で使えなきゃ意味無いだろ。どうせまたすぐに捨てられるのが落ちだって。無駄無駄」
心底呆れた様子で言う同僚に、ルイは尚も食い下がる。
「それじゃあ、僕が貰うよ」
それを聞いた同僚が、先程よりも更に目を丸くしてルイを見る。
「貰う?お前が?」
「うん。駄目かな?」
事もなく頷いて返すルイに、同僚は不可解そうに眉根を寄せる。
「や、そりゃ駄目じゃないだろうけど…」
言い掛けて途中で言葉を区切り、まじまじと無遠慮にルイを眺め回す。その目には微かな好奇が滲んでいる。
「でも、ロボットがロボットをねぇ…。それ
も、最新鋭のやつが型も無い時代遅れのやつを。一体何に使おうっていうんだ?まさか、飼う訳じゃないだろ?」
あけすけな好奇を含んだ下世話な物言いにも、ルイは動じない。同僚の視線と言葉をさらりと受け流し、ルイはまさか、と首を横に振ってみせる。
「ただ、勿体ないかな、と思って」
「はぁ?勿体ない?」
ルイの言葉を鸚鵡返しにした同僚は一瞬だけきょとんとしたが、すぐに破顔して堪え切れないといった様子で腹を抱えて笑い出した。
「はは、勿体ない?勿体ないだって?こりゃ傑作だ!勿体ない!流石、最新鋭のロボット様は違うなぁ!」
「あの、彼女は?」
ルイは僅かに躊躇った後、廃棄処理場に打ち捨てられた彼女を指して言った。同僚が、どれ、とルイの指差す先を視線で追う。すぐに彼女に気が付いた様で、ああ、あれか、と無感動な声を漏らした。ルイにとっては『彼女』であっても、同僚にとっては『あれ』でしかない。そして大多数の人間にとってもそうだろう。人と物との決定的な差だった。ルイは、その事について何かを思う事は無い。それは当然の事だからだ。
「相当古いタイプのロボットだな。もう何処を探してもあんな時代遅れの型無いだろうに。大方、大分前から倉庫に放置されっぱなしだったのを、誰かが見つけて捨てたんだろ」
さもつまらなそうに言う同僚の声に些かの躊躇いも同情も垣間見えないのは、それが彼にとってどうでもいい事であり、尚且つ相手がルイだからだろう。いくらロボットが精巧に人を模して造られた物であっても、人にとっては所詮は物でしかない。そして、物は消耗するものである。壊れて使い物にならなくなれば、当然のようにただ打ち捨てる。それが道理だ。ロボットも例に違えずその道理に当て嵌まる。だからこそ、同僚にとって、そして他の誰にとっても、今廃棄処理場に打ち捨てられている彼女の姿は当然のものであり、そこに躊躇いや同情を差し挟む余地など無い。更に、それを同じロボットであるルイに話す事にも、何ら気後れをする必要は無い。そういう事だった。
ルイは、今の時点では最も人に近いと言われている最新鋭のロボットだ。人の感情が作り出すありとあらゆる表情をその細部に至るまで表現する事ができ、さも感情があるかのように振る舞う事が出来る。おべっかや心配りまでプログラムされている為、少し話した程度では既に人との区別もつかない域にまで達している。計算処理能力も、運動能力も、言語、コミュニケーション能力も、従来のロボットに比べてかなり高い水準にある。が、それも今現在での話だ。世間の流れは速い。今こうしている間にも次々とロボットは開発され、より人に近いものを、より性能が良いものをと求めて開発され続けている。最新鋭と謳われるロボットなんて、それこそ一年を置かずしてすぐに出てくる。恐らく、今廃棄処理場に用済みとなって無残にも打ち捨てられている彼女も、開発された当初は最新鋭のロボットだったに違いない。それが今では、現状通りもう型も無い時代遅れのロボットだ。人はすぐに新しい物に飛び付く。より性能が良く、より便利な物を、人は求め続けている。役に立たなくなった物など、すぐに廃棄処理扱いだ。そう、丁度今打ち捨てられている彼女のように。そしてそれは、いつかはルイも辿る道だ。ルイにもそれは解っている。解っていても、どうしようもない流れがある。ルイはその事を不安だとか、悲しいだとか思った事は無かった。やはりそれは、大多数の人がそう思うように、当然の事だからだ。が、そう思う一方で、廃棄処理場に無残にも打ち捨てられた彼女からどうしても目を逸らす事が出来ない。
「何だ、気になるのか?」
彼女に目を向けたままいつまでも動こうとしないルイに、同僚が首を傾げる。同僚は、人だ。ルイとは違う。ルイがどうしても目を逸らせないでいる当然の事から、いとも簡単に目を逸らす事が出来る。
昨今では、人とロボットを半々で雇用する企業がほとんどだ。ロボットだけを雇用すれば金も掛からず、作業効率も格段に上がるのだが、人のように融通が利かない。その為、工場等の完全な流れ作業になると話は別だが、それ以外の企業では多少金を掛け、効率を下げてでも人とロボットを半々で雇用する企業が急増しているのだった。ルイが働く会社もそうだ。人とロボットでコンビを組ませて働かせる体制を執っており、ルイと同僚もその体制に当て嵌まる。
「彼女、直せないかな?」
ルイが言うと、同僚は目を丸くした。
「はあ?お前本気で言ってんの?あんなの、直した所で計算にも使えるかどうか分かんないぞ?そんながらくた直してどうしようって言うんだ」
「でも、まだ動くと思うから」
「いやいや、動いた所で使えなきゃ意味無いだろ。どうせまたすぐに捨てられるのが落ちだって。無駄無駄」
心底呆れた様子で言う同僚に、ルイは尚も食い下がる。
「それじゃあ、僕が貰うよ」
それを聞いた同僚が、先程よりも更に目を丸くしてルイを見る。
「貰う?お前が?」
「うん。駄目かな?」
事もなく頷いて返すルイに、同僚は不可解そうに眉根を寄せる。
「や、そりゃ駄目じゃないだろうけど…」
言い掛けて途中で言葉を区切り、まじまじと無遠慮にルイを眺め回す。その目には微かな好奇が滲んでいる。
「でも、ロボットがロボットをねぇ…。それ
も、最新鋭のやつが型も無い時代遅れのやつを。一体何に使おうっていうんだ?まさか、飼う訳じゃないだろ?」
あけすけな好奇を含んだ下世話な物言いにも、ルイは動じない。同僚の視線と言葉をさらりと受け流し、ルイはまさか、と首を横に振ってみせる。
「ただ、勿体ないかな、と思って」
「はぁ?勿体ない?」
ルイの言葉を鸚鵡返しにした同僚は一瞬だけきょとんとしたが、すぐに破顔して堪え切れないといった様子で腹を抱えて笑い出した。
「はは、勿体ない?勿体ないだって?こりゃ傑作だ!勿体ない!流石、最新鋭のロボット様は違うなぁ!」