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孝馬 友嘉
孝馬 友嘉
novelistID. 52486
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宵待

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 彼の人の熱心な視線は、花の中に居る蛍でも感じる事が出来る。その視線が持つ温かさに、やっと灯りが燈った蛍袋に感動しているだろう事が手に取るように分かる。そして、恐らくは嬉しそうな微笑みを浮かべているだろう事も、その声音の柔らかさや急速に熱を帯び始めた蛍袋の花からも窺えた。
「うん、とても綺麗だね」
 次いで囁くように向けられた声も何処までも甘く、蛍袋は歓喜の溜息を深々と漏らした。掠める吐息よりもそこに込められた想いが蛍袋の肌を撫で、ゆっくりと染み込んでくる。その擽ったさに、蛍は花の中で身を捩る。花に直に触れた訳でもないのに、彼の人の甘い声音は指先でそっと花に触れて撫でていくかのようで、蛍袋もその見えざる指先の感触に打ち震えているに違いなかった。蛍袋の歓喜が、感動が、溢れて止まない想いが、滾々と花の中に、そこに居る蛍に流れ込んでくる。蛍袋の想いに呑み込まれて溶けゆく事が出来たなら、きっと本望だろうと蛍が本気で思った時、彼の人がすっと家の中に戻って行った。そのまま縁側に腰を下ろして蛍袋を眺めるものだとばかり思っていた蛍は、どうしたのだろうと首を傾げる。すると、花を通して蛍の怪訝な様子に気が付いたらしい蛍袋が、未だ深い歓喜を湛える濡れた声色で言った。
「きっとお父様を呼びに行かれたのだと思います。やっと望んでいたものが見られたので
す。お父様と一緒にご覧になりたいのでしょ
う」
 なるほど、と蛍は独りごつる。この庭に蛍袋を植えたのは彼の人の父であると言っていたのを思い出した。彼の人の為に態々野道に咲いていた蛍袋を庭に移し換えた人物だ。なかなか灯りの燈らない蛍袋を寂しそうに見つめる彼の人に、きっと胸を痛めてきた事だろう。そして彼の人も、そんな父の気遣いに気が付かない人間ではあるまい。
「貴方は、大丈夫ですか?」
 不意に、蛍袋が不安そうに言った。花に必死にしがみつく蛍の手の弱々しさに、気が付いているのだろう。確かに、蛍の限界は近い。視界は眩み、気を抜けば花にしがみつく手が力を失くしてそのまま滑り落ちそうになる。脆弱な灯りを燈し続ける事も難しく、灯りの間隔は段々と間遠になっていく。しかし、蛍は聞いてしまったのだ。蛍袋のこの上も無く幸せそうな深い歓喜の吐息を。それを聞いてしまったからには、今此処で引き下がる訳にはいかない。花にしがみついているのもやっとだというのに、それでも蛍は精一杯の強がりでしっかりと頷いてみせた。
「はい、大丈夫です。せめて今夜一晩は、灯りを燈し続けてみせます」
 蛍の精一杯の強がりを見抜けない程、蛍袋も浅はかではない。かといって強がりを口にするその思いを汲めない程、野暮でもない。だから蛍袋は、すぐには答えなかった。一度黙り込み、短い間を置いた後、か細い声で言う。
「…ありがとうございます」
 それ以上は何も言わなかった。
 暫くして、彼の人が父を連れて縁側に戻って来た。彼の人は戻って来るなりほら、と蛍袋を指し、釣られて父もじっと蛍袋に視線を注いだ。そしてすぐに嬉しそうな声を上げた。
「…本当だ。本当に灯りが燈ってる…」
「でしょう?」
 心から感嘆の声を漏らす父に、彼の人も声
を弾ませて答える。睦まじい二人の様子を、蛍袋が嬉しそうに眺めている。花の中の蛍にまで、温かなものが満ちた。蛍はそれが誇らしかった。
「しかし、蛍の灯りが弱い気が…」
 彼の人の父がぽつりと漏らした言葉に、蛍はぎくりと花の中で身を硬くした。が、それも束の間、次いで彼の人が父に返した言葉で、すぐにそれは打ち払われた。
「そうかな?僕はこのくらいの灯りの方が好きだけれど。ずっと見ていたくなる、優しい灯りだと思うよ」
 蛍の緊張を心ごと解して、彼の人は穏やかに言った。その言葉で、蛍は灯りを燈して良かったと心から思えた。脆弱な灯りに気が付いてくれただけでなく、優しい灯りだと、そしてその灯りが好きだと言ってくれた。その事が嬉しかった。
「…そうか。そうだな」
 彼の人の言葉に、彼の人の父も何処かほっ
作品名:宵待 作家名:孝馬 友嘉