帰れない森 神末家綺談5
匂いが鼻をつく。生臭い。血の匂いだ。
「見れば、わかるだろう?」
立ち上がった影が、ゆらりと揺れた。その足元に横たわっている瑞の身体が見える。白い装束に滲んでいる、黒ずんだ赤。血の色。そして。
「・・・・・!!」
瑞の身体は損壊している。腹、胸、腕、肉がえぐれて骨が見えている。
「教えてやろうか、食っているんだよ」
影が振り返った。こちらに向けたその顔は、伊吹のものだった。血まみれの手と口元。ニタ、とくちびるを歪めたもう一人の自分は、おかしくてたまらないというように哄笑した。
「あはははははははははは!!ははははははは!!」
夜に反響するその声。天地がぐらりと揺れて境界を失っていく感覚。
「な、んで・・・」
俺が、瑞を食っているんだ・・・。瑞を殺したのは、俺なの・・・?
伊吹は頭を抱えて屈みこむ。がんがんがん。頭が痛い。笑い声が耳を切り裂く。
さく、と目の前に草を踏む足音。ぴたりと哄笑がやみ、伊吹は顔をあげた。
もう一人の自分は消え、目の前に立っていたのは瑞だった。血まみれの姿で、長い髪の隙間から、虚無の瞳が伊吹を見つめている。死んでいた瑞が・・・。
「あ・・・あ、」
言葉も出ない。立ち上がることも。
作品名:帰れない森 神末家綺談5 作家名:ひなた眞白