帰れない森 神末家綺談5
「お役目という宿命を負って生まれてきた神末の長男どもは、総じて自分が一番偉いのだ、名誉な役目を賜ったと、自尊心の高い傲慢な連中ばかりだったからな。俺はおまえがウダウダ悩んでいるのを眺めながら、こんな軟弱なやつが我が主になるのかと、暗澹たる気持ちになったものだ」
懐かしく思い、穂積も笑う。若かったし、青かった。だがその感性が間違っていたとは思わない。あのときの思いが、瑞と、そして伊吹に受け継がれていく。古き因習を断ち切って、新しい時代を生きていく者たちの道しるべとなれるのなら。
「須丸文庫で、わたしは一族の秘密に触れた。神末の歴史の始まりを知った。おまえが、どうして生まれてこの時代まで式として仕えてきたのかを、知った」
驚愕の事実だった。生まれてこなければよかったと、泣いた。しかし皮肉にもそれが、穂積の生きる道を示すことになる。
「そのとき、わかったのだ。わたしの生まれてきた意味が」
一族の血に連綿と受け継がれてきた式神が、どういう存在か知った。
その悲しく残酷な存在を、どうにかして幸福へと導きたいと思った。
そして穂積は、命を作った。
「一滴の雨水・・・おまえはそれから生まれた」
雨上がりの庭。葉に光る一滴の雨水。
大地を潤し、命を育み、やがてまた空へと帰り、繰り返すもの。
美しく、永遠なるもの。
決して穢れず、傷つけられず、崇高であり万物のためにあるもの。
そんなふうにあってほしいと願いをこめて、命を作った。
「世界を見るのに、魂だけの存在ではむなしかろう。他者のぬくもりを感じるためには、触れ合う身体が必要だった。わたしは祈った。そしておまえは、雨水の化身としてこの世に還った。その姿を伴って」
雨水に魂を吹き込み、形を与えた。魂の記憶が、少しずつ「彼」を人間にしていく。ほんの赤子だった子どもは、たった三年ほどで二十歳前後の青年に成長した。魂の持つ肉体の記憶がそこで止まっていた。
作品名:帰れない森 神末家綺談5 作家名:ひなた眞白