三部作『三猿堂』
いつもの居酒屋、先週と全く同じ店の同じ席での四人。うち三人は同じメンバーだ。みなみ、史佳、そして史佳の高校時代の友人の藤吉智樹。
いつもこのメンバープラス1で合コンをする。ということはその「1」は史佳のお相手候補。史佳にせがまれて智樹がつれてきた会社の後輩だ。
つまり、みなみと智樹はいつも後の二人の行く末を観察しているという構図になる。黙っていても間が持たないので合コンになるといつも智樹と喋ることになる。史佳はそんなことはお構いなしだ。
みなみはいつも付いて来るだけの扱いであるが、実はコレが嫌ではない。実は誰にも伝えていないのだが、みなみは智樹のことが気になっている。自分とは違って思ったことはずけずけ言うし見た目も筋肉質でがっしりしていて、みなみにはないものを持っている。自分の胸の内にだけある密かな思い。だけど、みなみの思いは届かないのだ。
みなみは人の思っていることが見えるのだ。智樹の中に自分はいない、本当に好きなのは史佳なのが見える。本音では自分に向いて欲しい気持ちが、彼の連れてくる人に現れている。一線級にはちょっと届かない人が多いのだ。そんなところが彼の細やかな抵抗で、それでいてちょっといじらしい。
そんな智樹にみなみは好意を持っていた。
テーブルに運ばれたジョッキを上げて乾杯をすると、いつものように史佳主導の展開で「勝負」が始まる。相手に質問の余地を与えない攻めの調子、進歩のない展開がみなみと智樹の横で続く。
うまく行ってない仕事を忘れたいのが態度に現れたのか、みなみはジョッキを勢いよくゴクゴクと飲み干した。ジョッキを置くと目の前から視線を感じる――。
「みなみちゃん、今日は眼鏡なの?」
声を掛けたのは智樹、初めて見るみなみの眼鏡に興味があるようだ。
「そうなんです、コンタクト切らしちゃって」
適当に誤魔化しながらみなみは智樹の顔色をうかがった。
「あれ……」
いつもなら智樹はここで
「毎回進歩ねえよな、高松って。いい加減気付けばいいのに」
と愚痴に似たダメ出しを心で呟くのであるが、みなみは目の前でジョッキを空ける智樹の顔を見ても、何を考えているのか分からないのだ。
「センパイ」
みなみは智樹を呼んでみたがやっぱり分からない。それだけに今日の智樹はいつもより優しいそれに見えた。
「俺、何か変わったこと言った?」
「いえ……、なんでもないです」
言ってないことが変わったことなのよ、とは言えず目が合うと思わず逸らして下を向くみなみ。
「それよりみなみちゃん、眼鏡似合ってるよ」
「エヘヘ、そんなぁ。照れるじゃないですかぁ」
たてまえで言ってくれているのは分かっているけど、今まで智樹にそう言ってヨイショしてくれたことがあまりないので、素直に嬉しくなった。
それからみなみは周囲の様子を見ながら次々に注文をいれる。この辺は下っぱ社員の日常作業だ。
「なんだろう、この感覚」
智樹と話が弾むにつれ気分が乗ってきた。相手が分からないってこんなにドキドキするのか?みなみは普段と同じように話をしているだけなのに智樹の事が気になって、空ける杯の数が一つ、二つと増えてゆき、最後には訳が分からなくなっていた――。