三部作『三猿堂』
その時史佳の携帯がメールを受けてブルブルと震えた――。
「何というタイミング……」
メールの主は智樹だった。あまりのタイミングの良さにビックリした。まるでここにいるのがわかっていたかのように。
大事なハナシがある。近くいるから行っていいか?
「え、なに?それってイキナリじゃね?」
心の準備ができていない。そもそも高校時代からの腐れ縁なのに準備ができていないと思う今の自分がよくわからなかった。そして返信のメールを入れようと画面に集中しているところを後ろから肩を叩かれた。
「よっ!」
「藤吉!。ってゆうか、早っ!」
「そうか?」そんな史佳の気持ちを考えもせずにニタッと智樹は笑う。
「言ったじゃん、近くにいるって」
「そうだけどさ」史佳は間を切りながら自分のペースを保とうとする。
「……でさ、大事なハナシって何さ?」
「おう、それよ、それ。お前に言っておかないとダメなことが、あるんだ」
智樹は一度咳払いをして間を置いた。緊張している時の仕草であるのは昔から変わっていない。史佳の目には高校生だった頃の智樹の姿がダブって見えた。
「あん時お前先に帰ったろ?これを今言うのが間違っていることくらいわかってる。だけどよ、何言われても、自分のしたいことは押し通すくらいの本気はあってもいいんじゃないかと思うんだ」
「それってみなみのセリフじゃん……」史佳は心の中でツッコミを入れる。しかし目の前の智樹の顔に冗談はない。みなみに言われて影響を受けたのか。
「お前のことが、好きだ」
史佳は何も言わなかった。さっき智樹からメールが来た時にこうなるだろうと何となく想像がついていた。気持ちが揺れている目で智樹を見るが、彼も知っての上だろうか。
「高校の時から、ずっと気になっていた」
正直に面と向かって告白されたのだって初めてだった。しかし、しかしである。
「今の今言うことじゃあ、ないよぉ……」
という本音はさすがに口に出せず、智樹の視線から逃げて下を向いた。智樹がみなみと別れたのはついこないだの話だし、今ここでそれを受けてしまえば、智樹の会社だけでなく自分も会社で何をウワサされるのは間違いない、それも良くない風に。
何言われても、自分のしたいことは押し通すくらいの本気
今の智樹を表現するなら、まさしくそれだ。
思えばみなみが智樹に告白したのがそうだ。そして、智樹がみなみをふったのも、そして今智樹が自分に告白したのも――。自分を懸命に押し通そうとしている、なのに自分は、自分は――。適当な理由を付けて本気から逃げているではないか。
「あのね史佳。私、人の考えていることが見えるんだ――」
みなみはの言葉が頭に浮かんだ。彼女は分かっていたのだ。智樹が好きな人は自分だということを。
史佳は智樹の視線から逃げられない。離れても逸らしても追いかけられて捕まえられる。そもそも、自分にとって藤吉智樹という高校からの同級生ってどんな存在だろう。
「ここでハッキリしたい。俺は、高松の思っていることが聞きたい!」
回答を迫られた。
「私は、彼のことが好きなのか?そうでないのか?」
智樹だけでなくもう一人の自分も問いかけてきた。
高校の時もいい感じになったけど周囲のウワサでフェードアウトした。
ウワサがなかったら、どうなの?
今までこうして彼とは接しているがウマが合う。好きか嫌いかと言えば……。
「でも、でも――」
認めたくない、あの時から彼が自分に気があるのは知っていた。それなのに親友のみなみをあてがおうとして自分は……。何てことをしているのだ。いざ付き合い始めた二人に嫉妬までして。
「あのね史佳。私、人の考えていることが見えるんだ――」
そしてもう一度、みなみの言葉が脳裏にひらめいた。
「それって、まさか――」みなみの言葉は智樹にじゃなくて自分にだったのか!
「でも、でも――」これってみなみが自分の背中を押している。みなみは自分の考えていることが見えている。
「できないよ、そんなの」
心の中でみなみに言い返すと、トドメの一撃が史佳の胸にささった――。
「何言われても、自分のしたいことは押し通すくらいの
本気はあってもいいんじゃないかと思う」
史佳はみなみや智樹がしたように、自分も本気になろうと決めた。