三部作『三猿堂』
午後7時、いつもの居酒屋。先週と全く同じ店の同じ席で四人が卓を囲む。うち三人は前回と同じメンバーだ。智樹、史佳、そして史佳が連れてきた同期の相原みなみ。相変わらず変化がない。
今回智樹が連れてきたのは同じ職場の後輩。つまり今日の生け贄だ。今回も細やかな抵抗を暗に示すべく、智樹は史佳のタイプとは少し外したタイプの後輩を連れてきた。最初の対面ではまずまずの印象、この辺りは作戦通りだ。
テーブルに運ばれたジョッキを上げて乾杯をすると、いつものように史佳主導の展開で「勝負」が始まる。相手に質問の余地を与えない攻めの調子、進歩のない展開がみなみと智樹の横で続く。
智樹の正面でみなみがジョッキを勢いよくゴクゴクと飲み干している。普段はそんなハイペースで飲まないので、自然とその仕草が智樹の目に止まった。今日のみなみは眼鏡を掛けているのも印象的だ。
「みなみちゃん、今日は眼鏡なの?」
「そうなんです、コンタクト切らしちゃって」
「そうなんだ、……あれ?」
そう言ったあと智樹の唇が止まった。
「毎回進歩ねえよな、高松って。いい加減気付けばいいのに」
と愚痴の一つでもこぼそうとしたのに、正体のわからない不思議な力でそれが掻き消された。
「どうかしましたか、センパイ」
「いや……」
言葉が出ないその間でみなみの表情が智樹の目に情報として入ってきた。今日のみなみは何かが違っている。眼鏡を掛けているからなのか、根拠はわからないがあか抜けていて、何よりもいつも何かを見透かしているような感じがしない。
「それより、みなみちゃん。眼鏡、似合ってるね」
「エヘヘ、そんなぁ。照れるじゃないですかぁ」
みなみの顔が自然にほころんだ。智樹はその顔を見て今までとは違うみなみの一面が見えた気がした。
「あれ、みなみちゃんってこんなかわいらしいトコロあったっけな?」
と智樹は思ったがそれも唇が掻き消すように声にならなかった。
それからみなみを観察しているとテンポよく周囲の様子を見ながら次々に注文をいれている。今日は一段と気立てが良い。
「なんだろう、この感覚」
みなみと話が弾むにつれ気分が乗ってきた。史佳の策略にしてやられているのか、横で彼女が展開している勝負のことなど気にならなくなっていた。前を見ると彼女もそのようで、見ていると彼女が空ける杯の数が一つ、二つと増えてゆき、最後にはろれつが回らなくなっていた――。