三部作『三猿堂』
営業所を出て五分、集配エリアに入ると智樹はいくつかの小包を持って街を走る。イライラしているものの仕事はこなす。
「ありがとうございましたーっ」
さっき指摘された通り、仕事は取ってこなければ儲けにならない。そのためにはイメージも大事だ。言われた直後は受け止めるが長続きしない。そこに逃げている自分がいる自覚は、ある。
車に戻ると、助手席に無造作に置いていた携帯電話にメールが入っている。
「ったく――」
送り主は高校時代の同級生、高松史佳からのものだ。こんな時間帯にメールを打つ者は彼女しか思い当たらない。
配達時間中は開けないのに気分を紛らせたい智樹はとりあえずメールを開いた。彼女から来るメールはいつも同じ内容だ。
やっほー、こないだ紹介してくれた人なんだけど、
変なウワサあるみたいなんだ
で、違う人を紹介してくんない?
「やれやれ……」能天気な彼女にため息を吐いて電話を閉じる。「またかよぅ――」
史佳に男を紹介してやったのは先週のことだった。
史佳のたくらみはそれだけではない事を智樹は知っている。
彼女はいつも連れてくるみなみという一歳年下だが同期の子と自分とをつなげたいのだ。裏表のない高校時代の同級生は顔に書いてあることと違うことは言わない。智樹から見てみなみは悪くない感じの子ではあるが、見た目が飛び抜けて良いわけでなくちょっと内気でいつも考え事をしているようで、なぜか心の中を見透かされているようで入り込めない一面がある。
それに、だいたい2対2で合コンすれば自分とみなみはまるで見合いの立会人じゃないか、というツッコミも彼女の前ではできず、いつも勢いに押されてズルズル回数ばかりを重ねている。
これには理由があるのだ――。
智樹はそんな史佳のことが高校の時から好きなのだ。一時はいい感じになったのに、史佳のいないところでそんな話を友人にしたら学校でたちまち揶揄されるウワサが上がり結局いいお友だち止まり。そして彼女は自分の出会いを智樹に求めているというすれ違い。智樹も智樹で史佳好みの男をなるだけ紹介しないのが細やかな抵抗、だからいつもいいところまでいっても結局はうまくいっていないまま時間だけが過ぎているのだ。
「ょうがねえなあ――」
ちょっといい奴打診してみるわ
頭にないことを適当に並べて送信ボタンを押すと間髪入らずに返信メールが来た。
「んだよ、あいつちゃんと仕事してんのかぁ?」
文句を言いながらメールを開ける。
ホントだよ、
いつもそう言ってもう一つのヒト連れてくるんだから
じゃあ、よろしくねん♪ 今日だよ、今日
「マジかよ!」
思ったことを思ったままに言うのが史佳である。その上いきなり今日に合コンとは少し強引である。でもそれはそれでハッキリしていて気持ちがいい。
「紹介してもらって贅沢言うなっつーの」
今日はちょっと酒でも飲みたい気になった智樹は、そうぼやきながら了解のメールを返すと、電話を助手席の上に放り投げた。
「……っと。無駄な時間食っちまったじゃんかよ」
智樹は電話を閉じるとすぐに仕事モードに切り替えて駐車スペースに止めた車に乗り込むとギアをバックにいれた――。