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三部作『三猿堂』

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 藤吉智樹(ふじよし ともき)はこの町にある宅配便の会社に勤めている。地元の高校を卒業してこの会社に入社しもう8年になる。配達の時間を少しでも減らすため、車を止めたらいつでもダッシュ。高校ではラグビーで鍛えた体力とスタミナは仕事でもじゅうぶん活かされている。仕事の量も実力も自他共に認めてトップクラスだ。
 今日も街の真ん中でいっぱい荷物を詰め込んだバンが走り回る。走るルートも荷物の積み込み方法も、一見して無造作に走っているように見えるが、これも智樹が独自に編み出したルートと積込の方法で、他の配達員には真似ができないものだ。
 そんな智樹の姿勢であるが、会社の同僚たちには称賛されているわけではない。智樹の実力は素晴らしい、しかし同様にマイナス部分もある。しかも、それが智樹の会社での風当たりを厳しくしているのだ。

 智樹は、思ったことを包み隠さずに口に出してしまうのだ。口が意思をもっているかのように喋ってしまうから始末に追えない。そのため智樹に賛同する者としない者との間でぶつかることもしばしばあって、営業所の雰囲気は決して良いとはいえない――。

   口は災いの元

とは智樹の前では誰も言えない。

   * * *

「帰所でーす」
 智樹が所定の配達を終えて営業所に戻ったのは昼前だった。一番での帰所だ。伝票の束を事務の女子職員にポンと置いて
「あと、よろしく」
と言った。その束はゆうに今日一日の配達量に近い厚さである。
「これ、朝配で行ってきたんですか?」目を丸くする女子職員
「んだよ。じゃ、休憩入るわ」
 智樹は車のキーをクルクル回しながら休憩室に入った。

 休憩室に入るとまず目に入るのがランキングの掲示板だ。配達員は少しでも上に名前を載せることに必死だ。高ければ賃金に反映されるし、会社での風当たりも良くなる、そういえば今日は更新の日だ。
「先週はずっと俺が一上がりだったんだ」
と智樹は自信満々で掲示板を見たが、緩んだ眉は突然眉間に寄った。
「なんでだよう」
智樹のランクは2位なのだ、それも以前からずっと。
 口では順位のことを気にしていないとは言うものの、職場の者どもは智樹は順位にこだわっていることは皆知っている。それが職場の空気を微妙に変えているのは智樹にはわかっていない。

「配達だけが実績じゃ、ないんだ」
 智樹は後ろを向いた。そこに立っていたのは智樹に続いて二番目に帰ってきたのは秋山主任。ランキングで智樹の上にいる唯一の人だ。
「主任……」
 主任は大学卒で体育会系という感じはない。配達量の数字を見ても明らかに智樹の方が上回っているし、自分ほど道中走り回っている感じが全くしない。それも主任のエリアはビルが多くひと棟で多くをさばけるいわゆる「大口」をいっぱい持っているのが大きいし、正攻法で走り回る智樹にとってはずるいとしか思えない。
 しかし、である。ランキングでは主任はいつも上位にいるのだ。智樹はその事が許せなくて主任の飄々とした態度を見るといつも肩が上に上がる――。
「営業成績や、客対応だって大事な仕事のひとつだ」
それは暗に自分に対して言っているのが智樹にはわかる。
「配達だけでなく、仕事取ってきて、イメージあげてなんぼなんだ」
しゃべるとトラブルになりがちという自分の苦手な分野を暗に淡々と指摘する主任、自分は配達はピカ一だが、営業が苦手な事は思い当たる節がある。それが嫌味に聞こえて悔しい。
「評価の方法を変えて欲しいですよ」
「なんで?」
「俺、主任の倍近くを掃いてるんですよ。主任のエリアは大口ばっかだしだけどこの評価って……」
思ったことが口に出た。同じことを考えている者は自分だけでないことは主任だけでなく、同僚も多くいる。声が段々大きくなるにつれ、配達を終えた他の者も次々と帰って来た。
「まあ、評価は上が付けるもんだからよ、一番になりたけりゃ相手に合わせて知恵を使うこった、俺はしないけど」
「それって俺が頭使ってないってことッスかぁ?」
 一生懸命を否定されたようで我慢ができなくなった智樹は大声で主任に食って掛かった。のらりくらりとやっているのに自分より勝っている主任のやり方が許せなかった。あとから帰ってきた周囲の同僚たちもどよめく、休憩室は一触即発のムードだ。
「違げーよ」
 主任は睨み付ける智樹の胸ぐらをつかんでしゃくり上げた。智樹も主任が手を出すことはないだろうと思っていて完全に油断していた。
「キャンキャン言うヤツは吠える子犬と一緒だ」
智樹はつかまれた胸ぐらを外されるとランキングの貼られた掲示板に背中を打ち付けた。
「みんなわかってるさ、ランキングなんてくだらないのは。誰も口にしないだけさ」
 智樹は部屋を見回した。視線はこちらに集まっているのは言うまでもない。こうなったらバツが悪い、智樹はさっさと荷物をまとめた。
「どこ行くんだ?」
「配達ですよ配達、ゴ・ゴ・ハ・イ」
休憩室の扉が大きな音を立てた。
「ケッ、よってたかてって俺を馬鹿にして……」
 智樹は車の横にある自販機の角を蹴りつけた。そして車に飛び乗ったと同時にエンジンを掛けて営業所を逃げるように飛び出した。

   思ったことが我慢できずに口に出る

 それが原因で社内だけでなく、営業先でもしばしばトラブルになる。そんなこと言われなくたって、分かる。直接間接どちらでも重ねて言われるから余計に悔しい。自分でも配達が得意分野であるが、このいけない性格のために営業というもう一つの仕事から逃げていることも薄々感じでいる。
 智樹は他の者が休憩している中アクセルを踏み込み、逃げるように会社を飛び出した――。

作品名:三部作『三猿堂』 作家名:八馬八朔