私を呼ぶ声
辺りは一瞬で薄闇に包まれた。玄関の灯りが届く階段の辺りはまだ薄明るくて、2階の廊下を奥に行くほど、闇が濃くなっていた。
父と母の寝室のドアの辺りは特に闇が濃くなっていて、もうドアも見分けることができなくなっていた。
その闇の奥から、母の声が聞こえて来た。
「ゆーこちゃーん、ちょっと、こっちに来て。」
私は足が竦んで歩けなくなった。
やっぱりおかしい。2階に行ってはいけない、これ以上階段を上ってはいけない。
私の心が私にそう強く訴えかけて来た。
私は階段の途中で、上ることも降りることもできなくなって、その場で固まったように竦んでいるだけだった。
視線は2階の廊下の奥に釘付けになっていた。
すると、廊下の奥の闇が少しずつ近づいて来ているのがわかった。
それは、じりじりとにじり寄って来るような、そんな動きだった。
私はほとんどパニックになって、心の中で、どうしよう、どうしよう、と狼狽え続けていた。
また闇の奥から、声が聞こえた。それは今までよりも、ずっと近くから聞こえた。しかも今度聞こえた声は、ひどくひび割れて歪んでいた。それは、もう母の声ではなかった。
「ゆーこちゃーん、ちょっと、こっちに来て。」
「ゆーこちゃ・ゆーこちゃ・こっち・こっち・こっち」
「ユーコチャーン・コッチ・キテ・キテ・キテェー」
暗闇はもう廊下の天井を全て覆い尽くし、私の目の前の廊下の床板まで迫っていた。暗闇の中を何者かが私にじわじわと近づいて来ているような気がした。
作品名:私を呼ぶ声 作家名:sirius2014