俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上)
第7部 かたき討ち
証人だらけで
朝から晩まで
衆人環視のレストラン
たまの休みに
憂さ晴らしぐらい
大した罰は
当たるまい
“情報収集”なんて
ほんの口実
共犯どうし
息抜きしたくて
あんたを街に
連れ出したのが
運のつき
慣れない男が
ケーキ屋なんかに
入って行って
ロクなことある
はずもなかった
うちのレストランに
ご予約ずみの
来週の婚約パーティー
主役ご両人と
鉢合わせた
おまけに知った
知りたくもなかった
仰天事実
フィアンセの小娘の
尻に敷かれた野郎こそ
去年のイブの
あんたの天敵
案の定あんたは
視線もうつろに
うつむいて
席を立った
見るに見かねた
奴にまみえると
そそくさと
トイレに逃げ込む
あんたの癖
イブからちっとも
変わってないな
だけど
それはそれ
これはこれ
あとでさんざん
とっちめてやる
来週の客が
奴だと知ってて
オーナーの俺に
何で隠した?
この仕事だけは
ごめんだと
嫌なら嫌と
何で言わない?
ひとり黙って
唇かんで
天敵に
塩ならぬケーキでも
贈る気か?
トイレに避難した
あんたの留守中
例のフィアンセの小娘が
俺にしつこく
せっついた
最近うわさの
彼女とやらを教えろと
主役の不在は
惜しかったけど
ここで会ったが100年目
しらじらしく
だんまり決め込む
野郎相手に
俺はとうとうと
まくしたてた
「顔立ちは
ごくごくふつう
お世辞にも
美人じゃない
ぽっちゃりしてて
スレンダーには
ほど遠い」
俺なんかが
しゃしゃり出るのは
馬鹿げてる
そんなの
百も承知のうえで
この際 奴に
どうしても
教えてやりたかった
人に何かを隠すのは
自分に自信が
ないって証拠
それに
人が何かを
隠す理由は
ふたつにひとつ
それを他人に
盗られることが
怖いから
じゃなければそれが
自分のものだと
他人に知れたら
恥ずかしいから
お宅は
どっちだったんだ?
「彼女は 精米店の三女
年は30 専門職
結婚結婚って 焦ってる」
妾や愛人じゃ
あるまいし
自分の彼女を
3年間も ひた隠し?
俺にはとうてい
理解できない
米屋の娘じゃ
聞こえが悪いか?
今いる隣の
フィアンセみたいに
がりがりに痩せて
ないからか?
それとも何か
俺なんかには
想像もつかない
高尚な理由でも
あったのか?
恋人を紹介するって
そんなに
肩ひじ張るほどのこと?
俺はこの女に決めたって
周りに
宣言するだけのこと
怖気づくような
ことじゃない
いとも簡単なこと
照れくさいけど
晴れがましいこと
少なくとも
俺にとっては
好きな男の恋人だって
周りに堂々と
名乗れない
肩身の狭さ
3年も隣に
いたくせに
1度も
想像しなかったのか?
この鈍感
周りに
紹介するしないなんて
男に言わせりゃ
“くだらない”
“たかがそれしき”
だけど
相手はサムスンだ
この女
誓ってもいいけど
1年365日
寝ても覚めても
本音ひとすじ
恋人に いや
恋人芝居の相方に
なって間もない
俺でもわかる
そのくらい
だけどお宅は3年も
“ほんとの”恋人
やってたんだろ?
いつ 何どきでも
大手を振って
歩きたがるような人間が
3年間も 顔伏せて
世間から隠れて歩けって
言われてみろ
他の女ならいざ知らず
この女が
そんな境遇に
好きで進んで
甘んじてると
思ってた?
口に出して
抗議しないから
何にも感じちゃ
いないだろうって?
鈍感にもほどがある
日暮れの屋台で
うつむいて
ふと独りごちた
あんたの笑みが
奴への無念か
男を見る目が
なかった自嘲か
俺には今でも
わからないけど
「焦らず浮かれず
地に足つけて
努力してる
そこに惹かれる
自立したいっていうのが
彼女の口癖で
韓国一のパティシエに
いつかなるのが
夢らしい
ほら来た あいつだ
キム・サムスン」
痛快だった
ご両人の目は
あんたと俺を
行ったり来たり
度肝を抜かれた
顔してた
ところがどっこい
肝心かなめの
主役のあんたは
場の空気なんか
どこ吹く風で
男気あふれる
俺のスピーチも
見事に全部
聞き逃して
悠々のんびり
ご帰還で
これまた輪をかけて
痛快だった
もう大丈夫か?
しっかり深呼吸
してきたか?
言っとくが
俺はわざわざ
あんたをのろけた
わけじゃない
ちょこっと
かたきを討っただけ
あんたの
長い留守中に
俺は 野郎を睨みつけて
腹わた
煮えくり返ってた
頼んでもないのに
正義のヒーロー
気取りだって?
あんたなら
言いかねないな
声まで聞こえて
きそうだな
でもさ
万一
万々が一
芝居じゃなくて
もしもあんたが
俺のほんとの
恋人だったら
これはあくまで
仮定も仮定の
話だけど
サムスンあんたが
俺のほんとの
恋人だったら
人に紹介しようにも
変わり種すぎて
言葉につまって
どんなに語っても
語った気なんか
たぶんしなくて
しまいにはきっと
こう言うしかない
「とにかく1回
喋ってみろ
そしたらどんだけ
変わり種だか
ものの3分で
身にしみる」
悔しいけど
あんたとなら
何時間いっしょに
いたって飽きない
他愛ない
売り言葉に買い言葉が
楽しすぎて
止められない
大人げないとは
わかっちゃいるけど
負けられるかって
戦闘意欲が
わいてくる
人一倍
弁が立つけど
人一倍
人の話も聞き上手
これぐらいなら
請け合ってやる
ところだが
そもそもが
あんたは俺の
恋人じゃなし
契約書には
ここまで褒めて
ゴマすれなんて
条項もなし
たしかに
頼まれもしないのに
ひとりで腹立てて
あんたの肩持って
かたきまで討ってやって
今日はどうかしてる
作品名:俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上) 作家名:懐拳