フリーソウルズ
9両目から8両目に移動する奈津。
奈津 「(スマホを耳にあて)どこ?」
もう片方のスマホのチャイム音が鳴る。
スマホの5インチディスプレイにメッセージが表示される。
”4両目、4両目、4両目”
2つのスマホを片手に持ち、6両目5両目を過ぎる奈津。
4両目の客室に入る奈津。
見定めて座席に座るひとりの乗客の肩の上に手を置く奈津。
キャッと小さな叫び声をあげる乗客の中年女性。
奈津 「(善良そうな婦人の顔を見て)ごめんなさい」
ポケットに手を入れたサラリーマンが、通路を先の車両のほうに向かって歩いていく。
奈津 「待ちなさい!」
奈津の制止を無視して連結部の自動扉を通るサラリーマン。
サラリーマンを追い、3両目に進む奈津。
すでに2両目に続く自動扉を通り過ぎるサラリーマン。
サラリーマンを追って2両目の扉を抜ける奈津。
静かな2両目の車内。
乗客ひとりひとりの顔を見て慎重に進む奈津。
すべての乗客を検分し、2両目と1両目を隔てる扉の前に立つ奈津。
奈津 「(スマホに向かって)追いつめた、準備して」
2つのスマホを握りしめ、1両目の扉が自動で開くのを待つ奈津。
合わさったスマホの画面が白く光り輝いている。
通路の床にビニールの小袋が落ちている。
小袋の中にICチップらしき影を認める奈津。
小袋に手を伸ばした瞬間、ウッと身体をくの字に曲げる奈津。
サラリーマンが放った蹴りをかろうじて両腕でガードした奈津。
サラリーマンを睨みつける奈津。
奈津の手に持っているスマホから細い光が放たれる。
サラリーマンに向けたものだが、逸れて網棚の紙袋に命中する。
紙袋にコイン大の穴が開き、その周囲が黒く焼け焦げて白煙をあげる。
不意を突かれ サラリーマンに蹴り出される奈津。
座席の角で額を負傷する奈津。
開いた自動扉にすがるように後退し2両目の床に倒れる奈津。
ビニールの小袋を拾いあげるサラリーマン。
サラリーマンの後ろ姿を閉まる扉越しに見送る奈津。
市街地周辺
イヤホンで音楽を聴きながら国道沿いの歩道を軽快に走る裕司。
河川敷の細い道路を走る裕司。
裕司の額に汗が光る。
列車の車内
立ち上がって再び1両目に通じる自動扉を開く奈津。
1両目の乗客はまばらで全員座席についている。
通路上にサラリーマンの姿はない。
奈津 「(1両目の乗客全員に向かって)逃げられないわよ。おとなしく盗んだものを返しなさい!」
ざわついた空気になるが、どこからも返答はない。
客席をチェックし始める奈津。
数列先に通路側の肘掛に、黒いスーツの袖が動く。
くだんのサラリーマンが顔を覗かせる。
スマホをサラリーマンに向ける奈津。
善良そうなサラリーマンがスマホを突きつけられて驚いた顔になる。
違和感をおぼえる奈津。
奈津の髪が風に揺れる。
スマホを風が吹いてくる方向に向ける奈津。
客室と乗務員室を隔てるドアが開いている。
スマホを乗務員室に向ける奈津。
スマホから細い光が乗務員室に放たれる。
奈津 「あちっ!」
スマホを床に落とす奈津。
床に落ちたスマホは2つとも黒く焼けただれている。
乗務員室めがけて駆け出す奈津。
顔にあたる冷たい風を感じる奈津。
耳に入ってくる走行音も大きさを増す。
警報ブザーが鳴っている乗務員室。
半開きになっている乗務員室のドアを押し開ける奈津。
フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入っている。
走行中にもかかわらず開いた乗降扉。
乗降扉の脇に白い制服を着た運転士がステンレスの手すりを握って立っている。
運転士はもう片方の手にICチップの入ったビニールの小袋を持っている。
乗降扉の向こう側は列車の速度と同じ強風が吹き流れている。
冷たい外気が波打つように車内にも流れこんでくる。
微笑みを浮かべ体重を車外に倒す運転士。
奈津 「やめなさい!」
手すりから手を離した瞬間、風圧で後方に弾き飛ばされる運転士。
乗降扉から身を乗りだして後方を見る奈津。
吹き飛ばされて宙を舞った運転士の躰が線路脇の電柱にぶつかる。
電柱の足場用の2本の杭が運転手の背中から胸へ貫通する。
絶命する運転士。
運転席の警報音が、”緊急停止します、緊急停止します”のアナウンスに変わる。
急停車した列車から飛び降りる奈津。
電柱に駆け寄る奈津。
両手をだらりと垂らし、張りつけの形で死んでいる運転士。
ICチップの小袋を探す奈津。
カラスの鳴く声がする。
見上げると電柱のてっぺんに一羽のカラスがとまっている。
月明かりに照らされて、ひと声鳴くカラス。
ビニールの小袋を嘴にくわえ、夜空に飛び立つカラス。
飛び立つカラスを目で追い、”ちっ”と舌うちする奈津。
こみあげてきた痛みと悔しさでしかめっ面になる奈津。
市街地
民家や24時間営業のファストフード店が点在する市道を、荒い息で走る裕司。
パトカーがサイレンを鳴らし2台続けて通りすぎる。
緩やかな登り坂を力を振り絞って駆けあがる裕司。
大型ダンプのヘッドライトが眩しく光る。
光が泡のように視界いっぱいに広がる。
光の中に低いコンクリートの壁が浮き立つ。
防波堤 ― 太陽が降り注ぐ青空と海の見える防波堤。
列車事件現場
奈津を探して乗降扉から線路上に降りる亜季。
列車のはるか後方で、奈津の悲鳴がする。
悲鳴が聞こえた方向に走る亜季。
奈津らしき人影を見つける亜季。
両手で口元を隠し震えている奈津。
亜季の視界に鉄柱に突き刺さった運転士の亡骸が入る。
亜季 「(おずおずと奈津に)何があったの・・・?」
亜季を見つめ首を横に振る奈津。
亜季にしがみつき、戦慄く奈津。
両手に軽い熱傷を負っている奈津。
奈津を抱きかかえたまま、言葉に詰まる亜季。
暗闇の中、線路の上をヨタヨタと遠ざかっていく傷だらけのネコ。