フリーソウルズ
恭一 「どうしてそんなに拘る? そのキリエっていう人に?」
裕司 「話してもわかってもらえないよ、きっと」
恭一 「言えよ」
裕司 「・・・会いたいんだよ」
恭一 「なんで?」
裕司 「なんでって、言われても・・・わからない」
恭一 「わからないじゃ、探してやろうって気にならねぇじゃねぇか、ユウジ!」
裕司 「わからなんだよ、僕にも。なんで会いたいのか」
呆れかえる恭一。
回廊の袴下まで潮が満ちている。
水面が陽の光に輝く。
汀を隔てた社殿の回廊を和装の花嫁が俯き加減で歩いている。
光を放っているかのように美しい花嫁姿である。
裕司 「桐恵・・・」
回廊に柱の陰に花嫁の姿が隠れる。
目を凝らす裕司。
柱陰から花嫁は出てこず、代わりにふたりの女子高生が現れる。
私服姿の金井カーネル真凛と牛神うららである。
慌てて顔を隠す裕司。
恭一に”頭を下げろ”と身振りする裕司。
裕司の身振りの意味が分からず却って挙動不審になる恭一。
挙動不審の恭一に気づくうららと真凛。
うらら 「山本くん!?」
恭一 「牛神、お前なんでこんなとこに?(真凛に)えっ、君も?」
恭一に近づくうららと真凛。
うらら 「わ、すごい偶然」
顔を隠して他人を装う裕司に気づく真凛とうらら。
真凛 「ユウジも一緒なんだ」
うらら 「椿谷裕司くんだよね、1組の・・・」
裕司 「(顔を隠しまま)人違いです。ただの通りすがりです」
恭一 「バレてるし」
真凛 「ゆーじ、こっちに来て一緒に話しようや」
裕司 「なんか嫌な予感がする。てか、なんでお前らがここにいるんだ?そっちのほうが聞きたい」
ジャケットを脱いでお揃いのTシャツのバックプリントを裕司に見せる真凛とうらら。
“He may Gimeeee!!”
うらら 「尾道のね、ライブハウスに招待されてるの」
裕司 「ライブハウス?」
うらら 「姫君、わりと人気あるんだよね。場当たりとか音響チェックとか早めに済ませて、せっかくだから観光してるってわけ。本番
は明日。来てくれるよね」
真凛 「ロハで入れてやるよ」
うらら 「真凛、言葉遣い! ひめにまた叱られるよ!」
真凛 「めんどくせぇなぁ」
恭一 「俺、行きます」
裕司 「おい、キョーイチ。そんなことのために呼んだんじゃ・・・」
うらら 「あ、そうそう。椿谷くんはなんで広島に?」
真凛 「男同士で観光旅行って感じじゃなさそうだしな・・・」
神社の休憩処
アイスを食べながら話し合う裕司、恭一、うらら、真凛。
恭一 「見つかっても90歳のおばあちゃんなんだろう?」
裕司 「歳は関係ない」
恭一 「他に手がかりはないのかよ、名前以外に?」
裕司 「思いつかない」
うらら 「あの時代に本殿で挙式するくらいだから、きっと裕福な家庭よ」
裕司 「磯村家は裕福じゃなかった」
うらら 「じゃあ、加藤家が裕福だったのかな」
恭一 「裕福な加藤家か・・・。って、加藤って誰?」
うらら 「桐恵さんの旧姓」
恭一 「なんで知ってんの、旧姓?」
うらら 「ググった」
恭一 「裕福な家柄なら今も残ってるかも」
真凛 「戦後すぐの日本じゃ、金持ちの家や資産はアメリカに没収されたって聞くぜ」
恭一 「だったらダメじゃん」
うらら 「桐恵さん再婚したんでしょ。名字も変わってるかも、きっと」
恭一 「ユウジ、諦めよう。昔すぎる」
裕司 「・・・」
恭一 「せっかく広島まで来たんだからさ、美味いお好み焼き食って、マツダスタジアムでカープの試合見てさ・・・」
裕司 「ああ、そうしてくれ。どうぞ・・・」
恭一 「・・・冗談、冗談だよ、ユウジ」
裕司 「僕ひとりで探しますから。どうぞ」
恭一 「拗ねるなよ」
裕司の左肩を小突く恭一。
”いてっ”と顔をしかめて左肩を押さえる裕司。
恭一 「お前、脱臼どうなった?いつギプス取ったんだ?」
うらら 「椿谷くん、怪我してたの?病院行かなくて大丈夫なの?」
苦痛の表情から一転して閃きの表情に変わる裕司。
裕司 「病院?病院だ。病院で会ってる」
恭一 「どこの病院だ?」
裕司 「わからない」
恭一 「患者か? 医者か?」
裕司 「看護婦さんだった」
恭一 「年寄りのおばあちゃんなんだろ?」
裕司 「いや、若くて美人で清楚で。理想の女性だ」
恭一 「わかんねぇ。とにかくどこの病院だ?」
裕司 「思い出す」
尾道総合医療センター
玄関先で逡巡する裕司、恭一、うらら、真凛。
恭一 「本当にここで合ってるのか?」
裕司 「ああ、間違いない。スマホで調べた。建て替える前にここは市民病院だった。たしかに僕はここで、桐恵さんに会ってる」
恭一 「いつの話だ」
裕司 「相当前」
恭一 「だからぁ・・・」
裕司 「僕の記憶では、ってこと」
恭一 「しゃあない、ダメモトだ。だがユウジ、ここで見つからなかったら、帰るぞ」
裕司 「うん」
うらら 「あの、あたしたちライブの準備があるから、ここで」
恭一 「あ、ああ。じゃあ」
真凛 「山本くん、来てくれるよね、ライブ」
恭一 「は、はい。行く、行く」
真凛 「真凛とっても嬉しい、チュッ(投げキッス)」
投げキッスを返す恭一。
うららと真凛を見送る恭一。
恭一 「ひゃぁ、たまんねぇなぁ、あのツンデレ」
裕司 「キョーイチ、あいつ男だぞ。からかわれてるの、わかんないのか?」
恭一 「なことあるわけねぇだろ。美人で可愛いし、胸もこんなんだし(手つきをしながらニヤニヤする)」
裕司 「バーカ。ま、どうでもいいや」
病院内ロビー
隅のソファで待たされる裕司と恭一。
恭一 「でもなぁ、磯村って奴は戦争が終わる前に戦死したんだよな。そいつがどうやって、桐恵さんと会うことができたんだ?」
裕司 「さあ、わからない」
恭一 「戦死してなかったってことか?」
裕司 「いや、死んでる」
恭一 「おい・・・」
初老の病院事務長がふたりの前に現れる。
事務長 「60年前ですか?」
裕司 「60年ともう少し前かもしれません」
事務長 「古い資料は全部廃棄処分されたと思います」
裕司 「カルテや日誌の類でなくてもいいんです。職員の出勤簿みたいなものでも・・・。お願いします(頭をさげる)」
事務長の顔が険しくなる。
山本 「俺からもお願いします」
裕司 「もし、書庫とかに資料が残ってるんだったら、僕たちで探します」
事務長 「いや、それは結構です。加藤桐恵さんでしたね」
裕司 「はい」
事務長 「わかりました。少しお時間いただけますか?」
尾道ラーメンの店
テーブル席でラーメンをすする恭一。
箸をつけてないラーメンがテーブルにひとつ。
テーブルの上に置いたスマホを眺める裕司。