フリーソウルズ
＃８．広島へ
＃８．広島へ
広島県呉市
ＪＲ呉駅に降り立つ裕司。
海上自衛隊の護衛艦が停泊している波止場。
海岸通りの町並を、少し足を引きずりながら歩く裕司。
“二角”と書かれたメモと街区標識を見比べる裕司。
道端露天でスイカを販売をしている老人に話しかける裕司。
裕司 「すみません、人を探してるんですが」
老人 「ちぃせぇほうが五百円、でけえほうが八百円じゃ」
裕司 「いえ、スイカじゃなくて、この辺にイソムラっておうち」
老人 「でけえほう、でいいか。はい、八百円」
裕司 「スイカ買いませんから」
大玉のスイカを抱えた老人から逃げる裕司。
道路脇に小さな鎮魂碑を見つける裕司。
“昭和２０年４月１８日、未明の空襲で２５０人余の一般市民が命を
落としました・・・「二角」と呼ばれていた海沿いの地区は、昭和５８年の
区画整理で「海岸通り」と名前を変え・・・”
碑文を読んで溜息をつき、とぼとぼ歩く裕司。
老人 「ちょっと、待ちんさい！」
老人の恫喝するような声に、思わず立ち止まり振り返る裕司
老人 「その道、真っ直ぐ行って左曲がったとこに、磯村商店いうのがあるけぇ」
半信半疑で老人に頭を下げる裕司。
老人 「五百円でええわ」
磯村商店
大玉スイカを提げて商店の前に立つ裕司。
既視感のある風情に暫し立ち尽くし、無人の店内に声をかける裕司。
裕司 「すみませ?ん」
店先に魚のすり身を揚げた天ぷらが並んでいる。
店の奥から６０歳前後のふくよかな女性が応対に出てくる。
女性 「いらっしゃいませ」
女性の顔をまじまじと見つめる裕司。
しかしまったく憶えがない。
裕司 「あの、すみません、イソムラカンジっていう人を探しています」
女性 「磯村寛治なら、うちにいますけど、どちら様？」
裕司 「（驚く）えっ、いらっしゃるんですか？」
女性 「は、はい。仏様ですけど・・・」
裕司 「ホトケ、サマ・・・」
女性 「なんでしたら、拝んでいってください」
あまりに警戒心の無さに面喰う裕司。
裕司を奥の間に通しながらしゃべり続ける女性。
女性 「そうですか、東京のほうからわざわざ・・・」
裕司 「あ、あのぉ、コレ。よかったら・・・」
スイカを女性に預ける裕司。
仏間に案内される裕司。
女性 「寛治さんは私の伯父にあたる人なんですけど、私が生まれる前に戦死なさいまして。享年２１歳と聞いています」
裕司 「２１歳ですか・・・。戦死・・・」
仏間の梁のところに寛治の詰襟姿の遺影が飾られている。
女性 「出征当時、寛治伯父さまはまだ・・・」
＊＊ ＊＊ ＊＊ ＊＊ ＊＊
日の丸の小旗が降られる沿道を、町の世話役に先導されて歩く軍服姿の寛治。
在りし日の磯村商店の店先に、割ぽう着を着た中年女性が立っている。
泣きそうな顔で微笑んでいる中年女性。
その中年女性に向かって小さく”ありがとうございました”と呟く寛治。
＊＊ ＊＊ ＊＊ ＊＊ ＊＊
裕司 「京都帝国大学の学生。学徒動員で昭和１９年の・・・」
女性 「あ、あの・・・」
裕司 「す、すいません。変なこと言ってしまいました」
女性 「義母から聞いた話では、たしかに・・・」
裕司 「結婚されていたと聞きました。名前は、き・・・」
女性 「桐恵さん。あんな時代でなかったらもっと普通に結婚生活ができたはずなのに。寛治さんに召集令状が届いて、結婚式を早め
たらしいです」
裕司 「あの桐恵さんは、その後・・・」
別の部屋から老人の呼ぶ声がする。
女性 「はーい。ちょっと失礼します」
別の部屋の様子を見にいく女性。
女性のあとにくっついて、別室を覗く裕司。
リクライニングチェアに沈みこむ皺だらけの老婆。
口を半開きにして視線を泳がせている。
裕司 「（老婆を見て無意識に呟く）母さん・・・」
女性 「（耳を疑う）えっ？ あっ、そう確かに寛治さんのお母様ですが・・・。（喜勢に向かって）どうしたの喜勢さん？」
喜勢 「寛治か、寛治か？」
女性 「喜勢さん、こちらは東京から来たお客様。すみません、もうほとんど見えてなくって・・・」
手の指を伸ばして震わせる喜勢。
喜勢の傍に跪いて、その手を両手で包み込む裕司。
裕司 「帰ってきたよ、母さん」
喜勢 「寛治や、無事やったか。どれ、よう顔を見せておくれ」
視線を泳がせたまま裕司の腕を手繰り寄せる喜勢。
女性 「すみません。男の人が訪ねてくると皆、寛治伯父さんの声に聞こえるみたいで・・・」
喜勢の寝ているベッド回りを手際よく整理する女性。
我に帰って喜勢の手を離す裕司。
◇ ◇ ◇ ◇
仏間の縁側の軒下に吊り下げられた風鈴。
お盆に切り盛られた真っ赤なスイカ。
セミの声。
女性 「再婚されたそうよ」
裕司 「再婚、ですか・・？」
女性 「わたしも小さかったからよく憶えていないんだけど、前のお店にきれいな女の人が訪ねてきたことがあって、喜勢さんに長い
時間深々と頭を下げてたわ。喜勢さんも、根負けして、頭をあげてください、みたいな感じで。皆生きていくのに必死な時代だったからね」
裕司 「それが桐恵さん？」
女性 「多分」
裕司 「どんな人と再婚されたんでしょう？」
女性 「わからないの。それっきりだから」
軒下の風鈴が涼しげな音を鳴らして揺れる。
縁側に立って裏山を眺める裕司のスマホが鳴動する。
恭一からメッセージが入っている。
”どこにいるんだ？皆心配してるぞ”
磯村商店の前で女性に礼を言って別れる裕司
路地を歩きながらスマホで通話する裕司
恭一 「どこにいるんだよ？」
裕司 「キョーイチ、こないだ一緒にビデオ見たろう。あれがすごく気になってさ」
恭一 「だから、どこにいるの？ お前の姉ちゃんが心配してうちに電話あったし」
裕司 「姉貴が心配？ それよりキョーイチ、お前ヒマだろ？」
恭一 「ヒマじゃねぇし、」
裕司 「手伝ってほしい」
恭一 「俺、そんなヒマねぇし」
新幹線広島駅ホーム
下り新幹線のぞみ５６号から降車する恭一。
裕司と恭一が対面する姿が駅の監視カメラに映る。
厳島神社
宮司に詰め寄る裕司
裕司 「どうしてダメなんですか？大学の先生だとよくて、僕ら高校生だとダメなんですか？」
宮司 「そうじゃありません。法律が厳しくなったのです。個人情報保護法が施行されて以来、いろいろと」
裕司 「せめて桐恵さんの手がかりになるようなことだけでも・・・」
宮司 「申し訳ありませんが・・・」
裕司 「わざわざ東京から来たんです」
会釈をして踵を返す宮司。
食い下がる裕司の肩を恭一が掴む。
恭一 「ユウジ。もういいだろ」
社殿の回廊