フリーソウルズ
恭一 「食べないのか?伸びちまうぞ。ああ、美味ぇ」
思いつめた様子の裕司。
ラーメンのスープをすする恭一。
恭一 「かかってこなかったら。いやかかってきても、手がかりがなかったらゲームオーバーだからな、ユウジ」
しぶしぶ割りばしを割る裕司。
大将 「いらしゃい!」
真凛 「おじゃましまぁす」
のれんをくぐる真凛とうらら。
聞き覚えのある声に思わず喉を詰まらせて振り返る恭一。
恭一 「あ、真凛さん・・・」
真凛 「キョウイチ。わ、ユウジも」
うらら 「わっ、またまたスゴイ偶然?」
裕司 「(呟く)なんでここがわかった?お前らストーカーか?」
うらら 「ライブハウスのオーナーに教えてもらったの。尾道でいちばん美味しいラーメンの店って」
大将 「よ、姉さんたち嬉しいこと言ってくれるねぇ、チャーシューおまけしちゃうよ」
真凛 「キャー、ほんと?おじさんにチューしちゃおうかな?」
裕司 「(呟く)やめろ。気持ち悪い」
恭一 「なんてこと言うんだ、ユウジ。真凛さんに向かって」
テーブル席に歩みより裕司の肩に腕を回す真凛。
真凛 「どうだった、ユウジ。彼女見つかったか?」
裕司 「馴れ馴れしく呼ぶな!」
真凛の腕を振り払う裕司。
真凛 「もったいぶるな。名前なんてただの記号だよ。ねぇ、キョウイチくん」
恭一 「は、はい、真凛さん。あ、あのキョーイチで呼び捨てでかまいません」
裕司のスマホが鳴動する。
電話に出る裕司。
裕司に注目する恭一、真凛。
裕司 「はい、椿谷です。・・・・・・はい・・じゃあ、これから伺います」
電話を切る裕司。
恭一 「どうだった?」
裕司 「とにかく来てください、って」
恭一 「そうか・・・」
裕司 「今からすぐ行くから」
席を立つ裕司。
恭一 「おい、お前ラーメンひと口も食ってねえじゃん」
別の通話を終えたうららが会話に入ってくる。
うらら 「今ね、ひめと綾乃がこっちに向かってるって。みんなで一緒に食べようよ」
うららを無視して千円札を2枚テーブルの上に置く裕司。
食べるのを止めない恭一を無言で見つめる裕司。
恭一 「はい、はい。行きますよ」
席を離れる裕司に声をかける真凛。
真凛 「ユウジ。お前はいま、過去を手に入れようとしている。だけどな、人間は現在という時間の中でしか生きられないんだ。必ず
戻ってこいよ」
真凛のセリフを背中越しに聞きながら、店を出る裕司と恭一。
うららからスマホを受け取る真凛。
真凛 「もしもし、ひめ・・・」
尾道総合医療センター応接室
事務長と対峙してソファに掛ける裕司と恭一。
A4の資料を裕司に差しだす事務長。
事務長 「コピーですが、60年前の寄宿舎名簿です」
裕司 「寄宿舎?」
コピーを受け取る裕司。
事務長の返答を聞きながら名前を探す裕司。
事務局 「当時、病院の近くに看護学生用の寄宿舎がありまして」
桐恵の名前を探し当てる裕司。
縦書きの筆文字で、旧姓の”加藤桐恵”の名前が記載されている。
裕司 「きりえ・・・」
** ** ** ** **
落ち窪んだ眼を塞いだままの桐恵が病院のベッドに横たわる。
医師・看護婦はすでにベッドから離れている。
桐恵の手を握る緑川。
緑川 「桐恵・・・」
桐恵 「(寛治さん、これでやっと、あなたの元に旅立てます)」
緑川 「違う、僕だ。僕はここにいる」
桐恵 「(迎えに来てくださったのね)」
緑川 「逝くな、桐恵。逝かんといてくれ・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
事務長 「どうかなさいましたか、椿谷さん?」
裕司 「いや、その、ちょっと」
押し寄せた感情を鎮める裕司。
裕司 「それで寄宿舎というのは、今もまだ?」
首を横に振る事務長。
事務長 「今はたしか、進学塾が入っているビルになっています」
山本 「他に何か手がかりになるようなものはありませんか?例えば写真とか・・・」
事務長 「いいえ、他には・・・」
病院の廊下を歩きながら、溜息をつく裕司と恭一。
病院玄関の自動ドアをくぐり屋外へ出る裕司と恭一。
派手な塗装を施したアルファードが路肩に停まっている。
”姫君”のロゴマークがデザインされた車体の前に、ひめがひとりで立っている。