フリーソウルズ
裕司 「は、はい・・・。先生、近頃よく夢を見ます。見たことも会ったこともない人が何度も夢に出てくる。ひとりはイソムラカン
ジ。もうひとりはキリエという女性。それで驚いたのは、4歳のビデオでも同じ名前を話している。どういうことなんですか?」
天根 「はっきりしたことはわかりません」
裕司 「夢の中で、キリエという女の人に対する愛情というか、思いがすごく強い。それで先生 、僕思ったの
です。キリエという女性が僕の本当の母親で、イソムラカンジはその夫、つまり僕の父親じゃないかって」
天根 「最近になって磯村寛治と桐恵の夢をよく見る、ということですね?」
裕司 「はい。夢だけじゃなくて、なにかふとしたはずみで記憶が蘇ってくるような感じのときも・・・」
天根 「これだけは言えます。磯村寛治と桐恵は、君の両親ではありません」
裕司 「どうしてですか?」
天根 「ビデオにも記録されていたと思いますが、4歳の君は私の質問にこう答えた。自分は磯村寛治で、桐恵という女性と祝言を挙
げた、つまり結婚式をしたと。挙式した場所まではっきり言っていました」
裕司 「結婚式を・・・」
天根 「挙式した場所まではっきり言っていました」
裕司 「挙式した場所まで?」
天根 「私はその場所へ行ってきました」
裕司 「どこなんです、その場所とは?」
天根 「安芸の宮島で有名な、厳島神社です」
空色を背景にした大鳥居の朱色が、裕司の脳裏に一瞬フラッシュバックする。
天根 「神社に行って本当にそのふたりが挙式したかどうか、記録を調べてもらいました。直接 、神社の宮司さんに会ってね」
裕司 「で・・・(息を呑む)」
天根 「そうしたら、ありました。ふたりの名前。磯村寛治と加藤桐恵。君のいう通りそのふたりは実在して夫婦関係だったのです」
裕司 「だったら、その子どもは・・・」
天根 「その夫婦がその後子どもをなしたかどうかは、神社の記録からはわかりません。ただ・・ ・」
裕司 「ただ・・・?」
天根 「その日付です。ふたりが挙式した日。昭和19年10月8日。西暦でいうと1944年。君が生まれたのが1998年。桐恵
さんが仮に20歳で結婚したとすると、君が生まれる年には74歳。そのような高齢で君を出産したとは考えにくい」
言葉を失う裕司。
天根 「君はね、君のお母さんから生まれた。疑う余地はありません」
裕司 「だったら、どうして夢の中や記憶に中に、苦しいほどキリエという女性のことを思い続ける自分がいるのです?」
天根 「それは・・・」
裕司 「それは・・・?」
天根 「それは、多分そのとき君が、磯村寛治だからなんですよ」
裕司 「待ってください。意味がわからない」
天根 「そうでしょう。理解するのには時間がかかる」
裕司 「僕はイソムラカンジなんて知らない。会ったこともない。大体イソムラカンジって誰なんです?」
天根 「わかりません。でも君の記憶の中にその答えが隠されているはずです」
裕司 「だったらその男は僕と何か関係があるはずだ。キリエもイソムラカンジも。でなきゃこんなに何度も夢に出てくるはずがない。
そうでしょ、先生」
天根 「関係があるのかないのか、それもわかりません」
裕司 「ほかに何か、手がかりになるようなものはありませんか?」
天根 「神社の記録に住所地がありました。しかし宮司が言うには、その地名の地域は空襲で消失したと」