萌葱色に染まった心 3
もちろん、鬼と戦って勝てないとはいえない。だが、全くの無傷で済むわけはないだろう。しかも、ペンダントの宝石を武器に変える事は、まだ自在に出来るわけではない。はっきりいって、徹には随分と不利な状況である。逃げろと言われたからなにも考えずに逃げてきた。彼が望んだとはいえ、志穂は置いて来たことに後悔を覚えていた。
引き返そうか。そう思って立ち上がる。だが、せっかくの徹の意志を無駄にはしたくない。もう少し待っていよう。そう思い直すと、志穂はその場に座り込み、木に背中を預けた。
どれほど立ったのだろうか。疲れていたので木にもたれかかっていると、ついウトウトしてしまったらしい。誰かが近づいてくる気配を察し、志穂は目を覚ました。
月明かりが木に遮られ、辺りはまだ見づらかったが、大きなシルエットが志穂にゆっくりと近づいてくる。
「徹?」
志穂は期待を込めてその名を呼んだ。戦いを終え、あるいはうまく逃げてきたのだろうと、志穂は早合点したのだ。だが、帰ってきたのは徹の声とは似ても似つかないしゃがれ声だった。
「徹? 誰のことだ?」
雲が切れ、月明かりが差し込んできた。近づいてくる男の姿がシルエットからいるのあるものへ。まるで月が彼の紹介をするかのように、闇の中に浮かび上がった。
違う。徹じゃない。
男のシルエットが段々と鮮明になっていく。月明かりに浮かび上がったその顔は、少々年老いていたが、徹と瓜二つだった。
「誰?」
「そんなことはどうでもいい。今、ある奴らの秘密基地を探している。女、こんな時間に彷徨いているということは、知っているのではないか?」
志穂は声を上げかけて、はっと息をのんだ。この人、鬼だ。彼女の直感がそう告げていた。
「ある秘密の基地って? なんのこと?」
志穂はとぼけた。知らぬ不利を決め込むつもりだ。おそらく男は鬼なのだろう。秘密基地とはハンターのアジトのこと。彼が鬼なら、アジトを探していることも説明がつく。
もっとも、問いつめられたり拷問されたとしても、正確な位置を知らない志穂には答えることは出来ない。だが、それでも、仲間を売るようなマネだけはできなかった。
「本当に知らぬのか?」
とぼけた顔をしている志穂に、男は勝手にそう解釈すると、ゆっくりと近づいてきた。志穂は後ずさりする。その分、男も間を詰めてきた。
作品名:萌葱色に染まった心 3 作家名:西陸黒船