萌葱色に染まった心 3
「徹、死なないで」
志穂は下流に向かって急いだ。大丈夫。彼はきっと生きてる。そう信じて……。
「ごほっ。ごほっ……」
徹は咽せながら必死に岩にしがみついた。生きている。体を打ち付けたり、木の枝で切ったりしたが、その程度で済んだのは奇跡に近い。あちこちが痛むが、命には別状なかった。
「それにしても、あの男……」
徹はもがくように岸に上がりながら、さっき起こったことを思い出していた。徹とそっくりな宝石が剣に変わり……
そう。確かに同じ種類のものだろう。だが、なぜ鬼のあいつが? 考えても答えが出るわけではなく、徹は自力で陸に上がったところで力つき、意識を失った。
「徹!」
志穂が倒れている徹を見つけて抱き起こした。二、三度揺さぶると、ゆっくりと目を開く。
「志穂?」
徹の意識ははっきりと覚醒していない。うつろな目をしていたが、すぐに焦点があった。
「ここは? あれからどれくらい経った?」
「三十、いや一時間くらいかな? 鬼と戦った崖の下よ」
「そうか。俺はあの時落ちて……」
起きあがろうと体を動かし、徹はうめき声を上げてうずくまった。
「だめよ、そんな急に動いちゃ。骨、折れてるかもしれないのに」
「バカ、んなことに構ってられるか。グズグズしてると、また奴が来るかもしれない。今の俺は、奴に勝つ自信はない。逃げるなら今のうちだ。違うか?」
「そうね。じゃあ、肩を貸すわ。動ける?」
「つっ。どうにか」
徹はよろめきながらどうにか立ち上がった。志穂に支えられているとはいえ、その足取りはおぼつかない。このまま下山するか。それとも本部を探すか。一瞬、志穂は悩んだ。
どちらも大変な作業であることに変わりはない。ましてや、本部を探すとなると、どこに入り口があるのかわからないのだ。ましてや、この広い山をけが人連れで探すことなど、困難極まることこの上ない。
「下山しましょう」
志穂は早々に結論をだした。山へはまた来ることが出来る。だが、徹のケガの具合は心配だし、出来る限り早く治療してやりたかった。
「お前、本部はどうするんだ?」
「どのみちこんなに暗くなってから探すのは難しいよ。また来ればいいから」
志穂はそういうと、徹の反論を待たずに下山へ踏み切った。だが、それを押しとどめたのは他ならぬ徹本人だった。
作品名:萌葱色に染まった心 3 作家名:西陸黒船