萌葱色に染まった心 3
「徹、月成徹だ」
男の顔に、わずかながら動揺が浮かんだ。だが、すぐに冷静さを取り戻す。そうか。男の口がそう紡いだような気がした。
「オレは幸雄だ。月成幸雄」
同じ名字。徹もその名を聞いて動揺した。そんな、まさか。いや、偶然だ。ただの偶然。まさか敵である鬼に、父と同じ名の男がいるなんて。
徹は立ち上がりながら後ずさる。殺されるわけにはいかない。オレには、真実を知る権利がある。それを知るまでは、死ぬわけにはいかない。幸雄は首に掛かっているチェーンをたぐり寄せ、胸元から紅い宝石を取り出した。
「分かるか? これは貴様のものと同じ、ニーベルンゲンの遺産の一つ」
幸雄はそれを掌にのせる。
「これはこうして使うのだ!」
嫌な予感がした。自分の持っているものと同じような宝石をつけたペンダントだった。違うのは宝石の色のみ。徹の宝石とは色が違う。蒼の宝石に対し、彼の宝石は紅だった。まさに真紅というべき輝きを持っていた。
男の目に朱の色が差す。暗闇にそれが浮かび上がった。まるでそれに呼応するように、男の手にした宝石が紅く淡い光を発する。真っ昼間かと思うくらいまぶしい光が辺りを包む。やがて光は幸雄の手の内で収束し、一振りの剣に姿を変えた。
「バカな」
「これが現実だ」
幸雄は切っ先を徹に向け、静かに歩み寄る。「終わりだ」と、小さな声で幸雄が呟いた。
殺される。徹は死を覚悟した。幸雄が剣を振り上げる。
徹は後退りして……そこには足場がなかった。体が空に浮いた。刹那、徹の体は重力の意図に従い、真っ逆さまに崖下めがけて落ちていく。木の枝に引っかかり、あるいは体を打ち付け、それでも落下は止まらない。谷底で待っていたのは勢いよく流れる川の水だった。派手な水しぶきを上げ、徹は川に落ちた。しばらく経っても浮かび上がってこない。
「死んだか? いや、できることなら生きろ。真実を知る時が来たのだ」
幸雄は笑みを浮かべていた。暗くて読みとりにくいが、どこか楽しそうだ。まるで、忘れていた何かを思いだしたような感じだ。幸雄の手にした剣は淡い光を発して元の宝石に姿を変えた。それを胸元にしまうと、物陰に隠れていた志穂には目もくれずに森の中に姿を消した。
志穂は男が去ったのを確認すると、徹が落ちた崖を覗き込んだ。月明かりが出ているとはいえ、ずいぶんと高いからよくは見えない。
作品名:萌葱色に染まった心 3 作家名:西陸黒船