小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

花は咲いたか

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 箱舘山あたりと市街地に撃ちこまれる砲で、激しく攻撃され始めているのはうめ花にもわかる。
 あの土方が陣屋の中になどいるはずがない。
 だとしたら、土方だったら、市街地に向おうとするだろう。
 新選組と伝習士官隊を救おうとするに違いない。
 うめ花は五稜郭と市街地を結ぶ街道沿いにある、一本木関門へと向かった。
 一本木関門近くには市街地方面から新政府軍。袖の紋章を見ると松前藩兵だろうか、額兵隊と撃ちあっていて近づくことができない。藪の中からそっと出ると農具小屋の裏手にまわる。
 小屋の扉を開けて夕霧を中へ入れると、自分は銃を筵で巻き肩へ斜めに背負った。畑と荒れ地の中を背を低くして進み、土方を探す。
 左に敵、右に箱舘軍。黒い軍服の額兵隊が前進してはドドッと後退する中に、見つけた。馬に乗り、指揮をとる人の姿こそ土方だった。
 たった三日三晩、離れていただけだというのに愛おしさがこみあげてきた。そして胸に何かがグッと押し上げられて、うめ花はギュッと目を瞑り大きく息を吸い込んだがその場に嘔吐した。食べていないので酸っぱい物を吐き出しただけだが、ひどく苦しかった。
 次に目を上げると、土方の姿が消えていた。
(しまった!見失った)
 土方の姿もだが、それよりも虎吉を探さなければ。グイッと手で口を拭うと歯を食いしばった。
 虎吉が火縄を使うのか、それとも新政府軍から与えられて洋式銃を使うのかによっても射程距離が違うため、狙撃場所は違ってくる。
 火縄はもっとも射程距離が短いので、戦闘に中に身を置かねばならずそれはそれでないと思えた。あの虎吉が自分を危険に晒すようなことはするはずがないからだ。
 うめ花の予想はミニエー銃。射程距離は600m、命中率は100mで94,5%で破壊力がある。
 うめ花のスペンサー銃の射程距離は820m、有効射程は180mだが、800mでもうめ花は外したことがない。 
 猟師は遠目が効く。
 うめ花は顔だけを起こしてあたりを見回し始めた。遠く七重浜方面にも敵がいるらしく戦闘が起っている。
 その時、湾で大爆音が起り軍艦が吹き飛んだ。燃えた船体のかけらが海中に落ちていく。誰もが音と炎に気を逸らす。
「この機を逃すなーっ!大野は士官隊を率いて市街地へ前進だっ。俺はここを守る!」
 大野右仲が士官隊を率いて市街地へと押し出していく。
 湾では激しい艦砲射撃が繰り広げられ、浮き砲台と化した回天丸は大砲を撃つものの動くことができず、敵から狙われ穴だらけになった。
 沈没寸前の回天丸から小舟が降ろされ、一本木の浜へ上陸を始める。そこへ七重浜方面から敵がバラバラと集まってきた。
 土方は市街地と一本木の浜に交互に目をやると、
「いかん、荒井さんらがやられるっ!援護に行くぞっ!」
 海軍は陸上での戦闘については無力に近い。援護しなければ無駄に命を落とすことになる。
 土方の後ろを30騎ほどが続き、土煙がもうもうと上がる。
 このスキに虎吉を見つけないと。
 身体をわずかに起こし、少し先の岩陰に移動しようと足をソロリと出す。
「うめ花さん、遅くなりました」
 見ると小芝だった。同じように手拭いで顔を包み、農民のような成りをしている。
 土方は陣屋から出た後で、居場所がつかめず、うめ花も元の場所におらず探していたという。
「いえ、それより虎吉を探して。もう少し前線に近い所で物陰に潜んでいるはずだから」
「奉行の後を追って浜へ行くことは?」
「あいつはそんなことしない。蟻地獄のようにじっと獲物を待っているはず」
 うめ花をその場に残し小芝が再び関門へ向かう。
 それを見ていたうめ花の思考に突然飛び込んできたある考え。それは予測でしかないのだが、虎吉が土方を狙うとしたら後ろからだと思ったのだ。母を死に追いやった虎吉に卑怯とか卑怯じゃないとか、道理などはあるはずがない。どうせ金で請け負ったのだろう。
 土方の前には敵と味方が入り乱れているが、関門で殿をひき受けたのだから後ろには邪魔が少ないはずだ。
 小芝が戻ってくるのを待たずうめ花は移動を開始した。関門近くの浜に援軍に向った土方は、まだ戻ってこない。
 五稜郭と千代ヶ岳陣屋の脇を通り市街地へのびる一本の道。その街道を狙える場所で身を隠すことのできる場所・・・。
 あった。
 関門の北側、300mくらいの街道脇に湿地があって小さな沼がいくつかある、その周りは丈の高い葦がびっしりと茂っている。まだ春なので草丈はそう高くはないが、虎吉のような小男が隠れるにはもってこいだろう。
 ここから関門まで300m弱、虎吉が狙撃するとすればギリギリの距離だ。
 群生する葦が見える位置まで来たが、ここに虎吉がいるかどうか確かめたい。まず葦の真ん中になどいるはずがない。銃口の先を葦の茎の間から出し照準をのぞかなければ、葦が邪魔になる。
 一本木関門から葦まで目ですうっと辿ると、ちらっと見えた。葦の茎の間を見え隠れする小さな人の姿。風はなく葦を揺らしたわけではないが、よく目を凝らすと簾越しのように人の姿が確認できる。
 次にうめ花は、自分が狙う位置を目測で決めた。自然と関門と虎吉の間を割る位置まで移動した。自分が虎吉をはずすことはあり得ないが、何か不測の事態があった時に自分が土方の盾になれる。
 葦の群生を横目に関門と自分とが三角形をつくる場所に腹這いになる。
 スペンサー銃には2種類ある。うめ花の銃は騎兵型と言って右手で弾を次々と装填するためのレバーがついている。このレバーアクションは腹這いでは使い勝手が悪いので、伝習歩兵隊が装備しているものはレバーのない歩兵型だ。
 虎吉を撃つ瞬間は、土方に狙いをつけた時だけだ。今は葦の陰でチラチラしていて時々姿も消えてしまう。土方に銃口を向けた時、虎吉も姿勢を起こし動きを止める。
 関門から海軍が千代ヶ岳陣屋に向って走っていく。その後ろで土方らが敵を蹴散らしているのか、騎馬や白刃が入り乱れ数発の発砲音もしていたが、数騎だけ土埃をあげて疾走してきた。関門に土方が戻ってくる。
 右手に和泉守兼定の抜き身を光らせ、土埃の中を駆けてくる。一本木関門は伝習隊の奮戦も空しくジリジリと後退していた。
 うめ花は思わず土方の姿に魅入られそうになりながらも、葦の中に目を移すと虎吉が銃を構えたのが見えた。
 うめ花が身体を起こす。
 立ち上がる。
 銃を構える。
 照準を合わせる。
 引き金を引いた。
 ここまでの動作を刹那というのだろう。
 虎吉は銃を構えたまま両腕を撃ち抜かれた、たった一発で。
 虎吉の安否など確かめることなく、すぐに土方に目を戻す。
「我、この関門にありて退く者は斬る!」
 大音声で右手の兼定を振り上げた。
 その時、
 土方は兼定を振り上げたまま、馬上で静止。
 うめ花は全力で走り出した。土方の動きの止まった理由を、うめ花は知っている。生きものが銃で撃たれた瞬間の映像だと全身が叫んでいた。
「義豊さん・・・」声は出ていない、心が叫んでいる。
 うめ花の身体はただ、全速力で駆けている。声も涙もなく足だけが動いていた。
 早く、関門へ。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅