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花は咲いたか

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 まわりに敵がいようと見方がいようとどうでも良かった。湾からの砲撃で大砲の弾が飛ぶ様も視界の端を過ぎる。戦闘の混乱の中、自分に銃口を向けられようとかまわない。戦闘で目をギラつかせ、ところかまわず撃ちまくる敵に小柄なうめ花が体当たりしながら駆ける。いつの間にか頭の頬被りは取れ、長い髪をふり乱して駆ける姿に、まわりがギョッとして道を開ける。
「義豊さんっ!」
 馬から落ちた土方の身体を、傍らに付き添っていた隊士たちが運ぼうとしていた。
「義豊さんっ!」
 うめ花の声に顔を上げたのは、新選組の安富才助と陸軍奉行添役の立川主税だった。
「土方さんが撃たれたっ、どこかないか!?」
 うめ花は、土方を見た。
 下腹部に銃創、弾は貫通しじわりと血が流れ出している。
 その時、あの小芝がどこからか戸板を持ち現れた。
 土方の身体を、夕霧を置いてきたあの小屋へ運び込んだ。
 まだ、息はあった。
「義豊さんっ!」
 うめ花は土方の銃創を両手で塞いだ。他に方法が思いつかない、流れる血はうめ花の指の間を溢れ夥しく戸板に流れ出る。
 両の掌で流れる血を掬ってもとへ戻せるものなら、そうもする。だが、生あるもののその限りを知っているうめ花には、ただ傷口を押さえることしかできない。
 苦しげにゆがむ眉の下で土方の目は、まわりをよく見ようと見開いている。
 土方の顔を安富や立川がのぞき込み、口々にその名を呼ぶ。
「土方さんっ」
「副長―っ」


 土方は夢を見ていた。
 現実だと思えば思えるのだが、どうもはっきりしない。
 白梅の木の下で、うめ花が自分を待っていた。うめ花の傍らに誰かいるがそれが誰だかわからない。男のようだが、若いのかどうなのか顔も見えない。だが、ひどく幸せな気持ちなのだ。
 暑さも寒さもない。
 敵も味方もいない。
 ただ、うめ花が白梅の下で自分を待っている。
「花が咲いたな」そう言ったのだが、うめ花には聞こえていないのか、ただ微笑んでいる。
「副長を呼ぶんだっ!行ってしまわないように大声で呼べっ!!」
「副長っ!」
 まわりの男たちが大声で呼ぶと、土方の彷徨っていた視線が立川主税を捉えた。
「すまん・・・」
「副長、ダメですっ戻ってください!俺たちを置いて行くなんてダメですっ!」
 一瞬、瞼を閉じもう一度目を開ける。
 うめ花を見た。
「うめ花・・・花が咲いたな。来年も・・・」
 うめ花はガクガクと頷きながら
「はい、約束です・・・」と答えたが言葉になって土方に届いているのかもわからない。
 うめ花の顔をじっと見つめる土方の瞳から、光がゆっくりと消えた。
「義豊さん・・・」
 土方の目が再び開くことはなかったが、うめ花の土方を呼ぶ声が届くのか唇がぴくりと動く。
「ああ・・・」
 目を閉じて顔を仰向かせると、うめ花の口からはやり場のない声が迸る。




 総攻撃のあくる日、5月12日早朝に函館湾から、新政府軍の甲鉄艦が五稜郭へ向けて艦砲射撃を始めた。まるでそれが仕上げだとでもいうように、大砲の音は空しく響く。やがて五稜郭の建物の象徴である望鐘楼に被弾。
 5月15日、弁天台場は降伏。ここで降伏した兵たちはこの石造りの弁天台場で拘束され、そのまま閉じ込められ寒さと飢えに苦しんだ。
 5月16日千代ヶ岳陣屋の中島三郎助父子も戦死。父子の死は武士と呼ぶにふさわしい壮絶な最後であった。
 5月18日、すべてが終わった。
 武器弾薬を差出し、降伏した箱舘軍は拘束されそれぞれ自由の身となるまで、着替えも食事も満足に与えられず獄中で死んだ者もいた。生き延びた者もいた。
 そして、市中のありとあらゆる所に累々と横たわる箱舘軍の戦死者は、葬ることを許されず長いことそのまま放置された。それを見かねた箱舘の侠客である柳川熊吉は、自分の命も顧みずこれを葬った。葬ったがために捕えられ、斬首を言い渡され、寸前で許され命拾いをしている。
 また、新政府軍による箱舘軍の残党狩りは厳しく、執拗に続き遺族が遺品を所持することさえ許さなかった。
 終戦がすべての終わりではなかったのだ。


        第九章   終わり
                                                  



 
 












作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅