ラブ・アゲイン
しばらくして、潮が引いたようなベッドの海岸で敏恵は静かに言った。
「あなたって、いつまで経っても子供のまんまなのね」
「・・・・・」
「寂しかったんでしょ。なにか嫌なことあったの?思い出したのあなたの抱き方」
「なんで?」
「ううん、ささいなことだけど、あなたの抱き方は忘れたい為に抱いてるようだわ」
「・・・・・・」
「なにか悩んでるんでしょ・・・」
「わかるのか?」
「だって、長く抱きあった仲じゃない。知ってるわ。いや、思い出した」
「人生50年、男は仕事や人生で悩む年頃なんだ。最近、心が疲れた・・・」
「そうなの・・・・? 女もいろいろ悩むのよ。優しくしててもね」
「強いんだな」
「ぜんぜん・・・この間の彼氏、そうさっきの死んだ彼氏、事故じゃなく自殺だったの。泣いたわ。どれだけ泣いても涙は出てくるのね。彼の辛さをわからなかった自分のせいかと責めたけど、死ぬ人は死ぬのよ。弱いだけ。もっとわかってあげればよかった。今のあなたみたいにつらいんでしょと言ってあげれば良かった。誰でもつらいときはつらいもんね・・・」
「・・・・・・敏恵・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「いい女になったな」
「そうだったらいいけど・・・・」
「なあ、しばらく俺と付き合ってくれないか・・・」
「あら、またでしょ。そのつもりよ」敏恵は笑いながら康夫の裸の胸に乗って来た。
「前より太ったんじゃない?」敏恵が聞いた。
「どうかな、知ってるのはお前だけだ」
「また~、嘘つき~~。何人も彼女いたでしょ?」
「・・・そうでもないさ。誰もお前に敵わない」
「ほんと?」
「あ~、だからまたお前に戻って来た」康夫は笑った。そして今度は康夫が敏恵の裸の上に乗った。そして丸い見覚えのある乳首を吸った。敏恵は乳首を固くした。
それから、あなたの重さを知りたいから・・・と敏恵は康夫に自分の身体の上に乗って頂戴と頼んだ。
康夫は全体重がわかるように、柔らかい敏恵の身体に自分の肉体を預けた。
「重いだろ」
「うん、でも、あなたの全部が感じるから嬉しい」
「俺の全部がわかんのか?」
「うん、心の中も全部わかるよ。さびしくてエ~ンとか泣いてんでしょ。体重よりも心ん中が重すぎるみたいね。つらいね男は・・」
その言葉に康夫は涙が一瞬出そうになった。
「重たいだろ・・・もういいか?」
「あん、だめっ!甘えてらっしゃい。男は大変なんでしょ。だからもう少しそのままでいいよ」
康夫は敏恵とのシルエットが重なるくらい、足と足、腰と腰、胸と胸をぴったり重ね合わせた。プールに浮かべたマットレスに乗るようにバランスを取りながら、康夫は位置を決め全体重を敏恵に預けた。
お互いの心臓の音が胸の左右で鳴っている。敏恵の乳房は押しつぶされ、少し汗ばんだ肌と肌が重なり合い、このまま二人を隔てている皮膚が溶けてゆきそうだ。
敏恵の柔らかい乳房に顔を埋め康夫はじっと、彼女のぬくもりを感じた。
静かな時間が過ぎてゆく。3年間の空白が徐々に消えてゆくようだ。
首を横にして彼女の鼓動を聞く。とく・・・とく・・・小さくて頼りない音が並ぶ。
敏恵・・・好きな男が死んでしまうっておまえも辛かったんだろ・・・、それなのにまたこんな男の寂しさを拾ってくれるなんて、おまえはいいやつだな。
康夫はいつのまにか敏恵の身体の上で小さく泣いていた。
「どしたん? 泣いたらあかんよ。男は泣いたらだめだって・・・」
敏恵は赤ん坊をあやすように康夫の頭をずっと、なでた。そして、ずっと泣かないと決めて耐えていた敏恵も自然と涙が溢れた。
張り詰めていたものがパチンと切れて二人とも抱きあったまま泣いた。
(完)