料理に恋して/カレー編
A1
「今のおばさん、何ぃ?」
大学の先生?
掃除のおばさんにしては
「格好が派手」
職員かしら?
フックに掛け忘れたカバンを
うちは取りに戻る。
*
うちはあくびとなる。
「寝不足だわ」
芝生の上で、猫となる。
夢の中で、虎となる。
起きると、
両側に人が寝ていて、
川の字になってるのに
薄ぼんやりと気付く。
うちはもう一度、
芝生に溶け込む。
2
夢の中だって、
加奈子は苦手だった。
「中浜の料理には
哲学がないわ」
と怒られている。
「ないから、いいのよ」
とも言い返せず、
うちは猫にされて、
追い回されている。
*
中華丼が食べたくなって、
ガバッと起きる。
夢遊病者みたいに
中華丼に取り憑かれる。
今度は空飛ぶ中華丼に
追い駆けられてる。
3
ないからこそ、いい、
ってのが結構、ある気がする。
何かが足りないってより、
多過ぎない。
一皿の上に
あれもこれもって、
ごちゃごちゃするより、
それなら、
二皿三皿に分けて、
サーブしたい。
方向音痴でも
うちに方向性はある。
「東門はいずこ?」
ときょろきょろ。
4
図書館でのやり取り。
「これ、予約したいんですけど」
とうち。
カウンターの女の子が
上手にパソコンを操作する。
胸には研修中の名札。
「購入予定が入ってますね」
うちは聞く。
「いつ発注してるんですか」
女の子が画面を覗く。
うちは続ける。
「大抵、三週間で入るって
聞いたことがあるんですけど」
「そ、そうなんですか」
画面をあれこれ操作するが、
女の子は分からない。
「職員の方を呼びますので」
アルバイトさん?
*
職員が来る。
「これはまだ発注してません。
購入するかどうかも分かりませんね。
料理の本ですね。
たぶん、すると思いますけど」
職員は付け足した。
「それにすでに予約がありますので、
あなたは二番目になりますね」
「そ、そうなんですか」
今度はうちがそう言うや、
アルバイトの女の子が
「す、すみませんでした」
5
素直に間違いを認めて、
謝られると、
「えらいなぁ」
と思ってしまう。
友達になりたくなる。
「山田さんを見習わなきゃ」
牛乳とパンがおいしくなった。
*
牛乳をもう一本買って、
「ごっくん」
散歩中の犬に
横目で見られてしまう。
6
「中浜ってぇ、
純粋無垢っぽいけど、
大丈夫?」
って高三の加奈子から
言われたことがあった。
「学生時代は通用しても、
社会に出て、やってけるかなぁ」
うちだって、高校の時、
バイト先で嫌な人間関係に
巻き込まれたことはある。
「とろい」
って他の女の子から
集団でうとまれたことも――。
うちのとろさがいいって、
寄ってくるバイトの男の子に
誤解を与えたら、まずいと思い、
仕事を覚えるための質問も
その男の子にはしなかった、
思い出がある。
「中浜ってぇ、
そんなこと考えてるのかぁ。
超がっかりー」
と真っ先に残念がったのも
横のグループで聞いてた加奈子。
「中浜にはしっかりして
欲しくないんだよねぇ。
ふわふわのままでいてぇ」
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の