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料理に恋して/カレー編

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         7

 一つの町というか、
 すべてここで賄える、
 一つの村になっていた。
「関大村」

 アシストスポットの一つ、
 心理相談室の前を通る。

「死なないでね」
 人に言いながら、
 わたしは自分自身に
 言い聞かせてる。

「死なないでね」
 強迫観念が消えない。

 手が痺れる。

 かつて、わたしも
 ここの村人の一人だった。


         8

「弁護士になるわ」
 と母に宣言したのは
 三十五才の時。

 電話越しに呆れられた。
 わたしは文句を言う。
「弟が言ったなら、
 いいんじゃない、頑張りなさい、
 って応援したでしょッ」
「今年でいくつになるの」

 わたしの気持ちも知らず、
 母は電話越しに笑っていた。

         *

 母の気持ちも知らず、
 わたしは学食のメニューを覗く。
「高くなってる」
 当時、素うどんは
「八十円だったのに」

 学生をやり直したい気持ちが
 わたしを襲う。

 今度は勉強も絶対する。
 尻軽の恋愛もしない。

 学生時代に戻りたい。
 リセットしたい。

 八十円の素うどんを
 食べたいため、戻りたい。


         9

 やり直すチャンスには
 年を取り過ぎていた。

 六十才から見れば、
「まだまだ若い」
 と思うが、慰めにもならない。

 力が出ない。
 目が潤むのを
 わたしは瞬きで堪える。


         10

 自分のことを思うなら、
 大学生から、やり直したい。

 父母のことを思うなら、
 親不孝もいっぱいした、
 中学生から、やり直したい。


         11

「どうして、
 わたしはこうなんだろう」

 ちゃんとした人生設計、
 ってものがなかった。

 いつまでもアルバイト気分。

 ちゃんと正社員に
 なったこともあったけど、
 いつだって、アルバイト気分。

 音楽で身を立てたかった。
 まったく無理なら、
 諦めもついた。

 けど、一度はデビューした。
 レコードも三枚出た。
 ただ、売れなくて、
「これ以上はごめんなさい」
 と担当さんから、
 契約を打ち切られていた。

 手の平を返され、
 鳴かず飛ばずが続き、
「四十才」

 異性にもモテなくなっていた。

         *

「芸大や音大に行けば、
 よかったかなぁ」

 その方面の人脈もでき、
 違った人生が待っていた気がする。

 人生の分かれ目。

 今からでも入り直したい。


         12

 わたしには
 とほほの顔ができない。

 したくても――。

         *

 異性にモテないって、
 結構、きついなぁ。


         13

 父からは
 音楽療法士を勧められていた。

 不況の煽りで、
 掛け持ちしていたバーや
 クラブでのピアノ弾きの仕事は
 演奏の回数を減らされていた。

 収入は半減した。
 今までにも不況の波は
 何度かあったけど、
 背泳で凌いできた。

 くり返しの気がして、
 急に嫌になり、
 すべての店を辞め、
 今は四十才で立派な無職。
「折り紙付き」

「せいせいしたわ」
 と言ってみる。

 若い時みたいに
 エネルギーが湧いてこない。
 失敗したって、
 平気だったあの頃。

         *

 引きこもりの人を見て、
「自業自得、甘ったれてる」
 と思ったこともあった。
「自己責任論かぁ」

 八方ふさがり。
 引きこもりの人の気持ちが
 想像してじゃなく、
 実感として分かる。

「自己責任論なんて、
 聞きたくないわよね」