料理に恋して/カレー編
B1
大学が変わったことに
わたしは軽く驚く。
正門を入ってすぐの
グラウンドは潰され、
立派な図書館になっていた。
昼休みなど、
すり鉢状になった、
石段に座って、
みんなが思い思いに
過ごしていた場所が
魔法のように消えていた。
おにぎりを頬張りながら、
体育会系の練習風景を
見るとはなしに見るのが
今思えば、
「贅沢な時間だったのに」
四十才、無職。
結婚もしておらず、
旦那も子供もいず、
「その上、友達もいない」
*
生理はまだある。
わたしは五円玉を拾う。
その穴から、
桜を見る。
「友達のいない時代?」
自分にいないからって、
他の人までいない、
ような気がしてしまう。
2
気分は二十代後半。
なのに、見た目はおばさん。
平日の大学の図書館では
司書の女の子から、
先生に間違えられる。
先生の振りをする。
*
自分を惨めにする術なら、
「教えられそう」
3
キャンパスは相変わらず、
近所の人たちが
公園代わりに使っていた。
老夫婦がのんびりしてたり、
若いお母さんが幼い子供と
鬼ごっこしてたりする。
だから、わたしが徘徊しても
そう変には思われない。
ジャズピアノに打ち込んだ日々。
学生の時から、
ライブハウスで弾いていた。
芸大じゃなかったので、
学部としての音楽部はない。
軽音に入り、
異性からもモテた。
*
「四十才かぁ」
立派なおばさん、
正式なおばさん。
「おばさん認定書」
わたしはキャンパスを歩く。
自分の娘や息子のような、
年齢の学生がどこから
湧いて来るのかと思うほど、
うようよしてる。
わたしは完全に浮いている。
その前に、向こうは
「歯牙にも掛けてないかぁ」
わたしは自嘲する。
パンティをはき替えたくなる。
4
年の割りに、
「派手なのばかり好き」
人生をはき替えたい。
大学通りも変わっていた。
食べ物屋さんや
ゲームセンターが増えていた。
便利だったスーパーが
なくなっていた。
「どうして?」
自炊の学生には欠かせないのに。
「若草」
懐かしい食堂はまだ健在。
オムレツに玉ねぎやミンチの
具が入ってなかった。
プレーンオムレツ、
なーんて知らなかった自分。
*
友達とよく飲みに行った、
長崎屋はもうなく、
「焼肉屋に?」
信じられなくて、
辺りをもう一度、探す。
わたしが二十才の頃、
四十前後の夫婦でやっていたから、
「もう六十過ぎ?」
引退するはずよね。
わたしもそれだけ
年を取ってるってこと。
「当時のあの夫婦より、
もう年上?」
感慨深いものがこみ上げ、
ダイエットをしたくなる。
5
目尻にしわも出てきた。
頭どころか、下の方にも
白いものが混じってる。
老眼も入り、
目の下の隈かと思ったら、
一晩寝ても取れず、
肌のたるみと分かる。
お腹も出て来てるし、
体全体に張りがない。
年を取るってことを
わたしは実感していた。
月単位、
週単位で分かる。
「次って日々単位?」
6
父母に申し訳なくなる。
「大学まで出してもらったのに
すみません」
孫を抱く楽しみを
与えられなくて
「すみません」
わたしは弱っていた。
キャンパスを歩く。
逃げるように歩く。
けど、学外には出ない。
悪循環。
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の