料理に恋して/カレー編
B1
夢があれば、夢を優先する生活。
最低限、生活できるお金を稼ぐ。
もっと仕事を増やしたら、
生活は楽になるのは分かっていた。
でも、ピアノを弾く練習を優先。
お金にもならない、
ジャズの作曲。
許可をもらい、
駅の広場で、三十分の演奏会。
友人のバイオリンと組んで、
携帯ピアノで小さなコンサート。
年を取るに従い、
そんなことも減っていった。
友人はある日、結婚を決めていた。
そして、今は自宅で
裕福な子供相手に
バイオリン教室を開いている。
もう付き合いはなかった。
年賀状が来ても無視。
忘れた頃に、電話があっても、
その番号を見てから
留守電に切り替える。
わたしは人間不信になっていた。
それが正しい気がする。
不信にならない方が変。
誰も応援なんかしてくれてない。
「そろそろ踏ん切りを付けたら」
と言われても――。
「ほんと、口先だけの
親切はあふれてる」
自分もそうだったけど――。
2
面倒を掛けないのが今時の友情。
と思ってたら、そうでもない。
相手のためじゃなく、
自分のための友達は欲しい。
大麻の自販機が見当たらない。
人間は矛盾してるどころか、
利己性では一貫してる。
3
わたしもあんな風になってる?
テレビで引きこもりの中学生。
親のちょっとした言葉で、
どうってない言葉でイラついてる。
頑張れ、なんて禁句中の禁句。
その両親は腫れ物に
触るようになっていた。
「親にそんなことさせるのはまずいよ」
テレビに向かって昨夜、
独り言を発していた自分を
悲しげに思い出す。
*
学部の掲示板で、
元同級生の先生の講義は
休講になっていた。
意地悪をされた気がする。
「上村君はきっと、
わたしが嫌いなのね」
当時、フェラチオを拒んだ、
仕返しに思えた。
「ちっちゃい男」
こっちから、ごめんだわ。
階段を上っていると、
無性に寂しくなる。
4
赤ちゃんと乳母車で散歩に行く。
そういう幸せが
わたしにはなかった。
両親にも与えれてなかった。
別の幸せがあるかと言えば、
それもない。
何かがないという、
幸せも、
「たぶん、ないわ」
授業のしてない、
四階の小教室の窓辺に立つ。
東京にまでつながる、
名神高速が走っている。
5
行動のストーリーと
心理のストーリーが
噛み合わない、連動しない。
わたしはちぐはぐになる。
ぎこちない女ロボット。
誰かにちゃんと
組み立ててもらいたい。
6
元同級生の上村君と、
「エッチしとけばよかった」
おばさんの性欲を持て余す。
両手の紙袋にいっぱい。
もしかして、
「希望の光だったかも、
上げチンだったかも」
そう思うと、
「惜しいことをしたわ」
手がよだれを拭う。
身悶えの仕方を思い出す。
7
残り一回の若返りの
使い時に慎重になる。
池で小亀を探す。
蛙も一向に飛び込まない。
わたしが飛び込もうか。
「きれいなおばさん、
飛び込む水の音」
8
「水に入るんじゃないのッ」
若いお母さんが子供に怒っていた。
一瞬、自分が怒られた気がして、
わたしはビクッとする。
それから、
「そんなに怒らなくてもいいのに」
と思う。
もっと、優しく言っても十分。
「お母さんとしての
レベルが全然、低いわ」
新米のお母さん。
*
でも、いざ、当事者になったら、
「わたしだって、怒ってしまうかも」
子育てって、善性以上に
人間の悪性が露わになる?
端から見て、
下手だなぁとか、
ああしたらいいとか、
仕事上、色々と思っても、
いざ、当事者になると、
案外、できないものだった。
政治なんて、特にそう。
「政治家になろうかしら?」
政策創造学部なんてあるし、
「芸術文化への貢献を謳い、
美人政治家で売れるかも」
バカな思いつきに
半笑いになる。
子供連れがいなくなったのを
見計らって、
わたしは靴を脱いで、
池に爪先を泳がせる。
でも、いざ、当事者になっても
「できる人もちゃんといる」
波紋を目で追う。
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の