料理に恋して/カレー編
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真っ当に勤めていれば、
そこそこの生活はできていたと思う。
そんなに無能じゃない。
と自分では思ってる。
人間関係が不得手って訳でもない。
父母だって、そうだった。
毎年一回は海外旅行できる、
そこそこの人生で、
わたしを育ててくれた。
そこそこの人生の尊さ。
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お年寄りがとろとろしていて、
誰かが怒鳴ってでもいれば、
自分の親があんな風に
怒鳴られたら嫌だなと思う。
前を歩く老人がとろとろしてる。
前から来る老人の自転車が
左右にふらふらしてる。
自分が急いでる時など、
日頃、自戒していても
ついイラッとしてしまう。
わたしは心を広げる。
シーツのように広げる。
自分で広げた上に
自分が横たわる。
*
学生時代に
哲学科の友人から勧められ、
読んだ親鸞の歎異抄。
徹底した他力思想に
深い感銘を受けたことを思い出す。
「で、悪人って何?」
その友人との会話が蘇る。
「普通に考えれば、
泥棒や殺人など、
悪いことをした人」
「そこまで悪くなくても
どうしようもない人、
程度でいいんじゃない?」
「存在論的悪とか無視?」
「みんな、自分をいい人、
善人だと思ってるやろ」
「善人とまでは思わないけど、
そう悪くはないと思ってるわ」
「自分ってどうしようもないなって、
自覚のある謙虚な人が悪人で、」
「だから、そんな悪人の方が
一見、善人的な人より
先に救われるって話?」
今となっては
深読みし過ぎの気がする。
善人とか悪人とか、
分けること自体、方便の気がする。
悪人こそ往生をとぐ、
救われるってことで、
こぞって、悪いことをした、
当時の人々がお笑い芸人の
ネタに思える。
「状況コントか」
とツッコミを入れたくなる。
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二十才のわたしの後ろに、
行列ができていた。
人気ラーメン店に
伸し上がった気分。
「お笑いは芸術かしら?」
話芸とかいっても、
芸術なんかに
して欲しくないのかしら?
*
卒業生のための就職相談や
心理相談もあったが、
わたしは大学の図書館に入る。
学生ばかりでなく、
先生らしきや
卒業生らしき中高年。
「単なる近所の人?」
わたしは居辛さも忘れ、
棚の本を立ち読みする。
人生相談の本だった。
本に没頭する。
単に懐かしくて、
単に元気をもらおうと、
回っていただけなのに、
学生になった気分。
一時間が瞬く間に過ぎていた。
鉛筆で線を引いていた。
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わたしはギョッとする。
ポスターに
「落書き消しボランティアを募集中」
わたしはさっきの本棚に
取って返す。
あ、悪人の自覚が足りない。
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の