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料理に恋して/カレー編

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         19

 頑張るところを間違えそうになる。
 人生に嫌気が差し、
 相手は誰でもよくなる。

 キャンパス内は緑や日陰も豊かで、
 近所の人の散歩や
 寛ぎの場にもなっていた。

 渦巻きパンで、
 子供を釣る。

 よその子供でも可愛かった。
 あれが自分の子なら、
 どれだけ可愛いか。

 一緒に水族館に行きたい。
 仕事体験館にも行きたい。

「わおー」
 わたしだって、
 娘から、あんなことをされたい!

 足に抱きついた後、
 幼い女の子が
 知り合いと立ち話してる、
 若いお母さんの背中を
 えっちらおっちらと
 木登りみたいに
 よじ登っている。

「わおー」


         20

 急にまた、
 あの先生の講義に出たくなった。
「今度こそ、ちゃんと
 授業を聞きます」

 まだ、時間はあった。
 暇潰しで、学生会館の
 屋上庭園に向かう。

 梅田の高層ビル群が見える。
 夜のデートスポットには
「持って来い」

 わたしはたじろいでいた。
 あの先生が階段を
 上がり切ったところで
 こっちを見ていた。

「――さん?」
「え!」

 わたしはとっさに背を向けていた。
 先生は駆け寄って来ていた。
「――さんでしょ?」

 こんな惨めな姿を
 知人に見せたくなかった。
 誰かに会って
 助けてもらいたいって
 感情は雲散霧消。

 精一杯の笑顔で振り返り、
「近くを通ったから懐かしくて」
 ハゲてるから、上村君って
 分からなかったとは言えない。

「顔がしっかりして、
 大人になってるけど、
 ――さんは昔のまんまだね」

 急に涙があふれた。
 再び、背を向ける。
 ボロボロ、涙が出てくる。


         21

「大学の教授になったんですね」
 とわたしは泣き治まってる。
「敬語はよしてよ」

 昔の恋人ではなかったけど、
 コンパの後、酔った勢いで、
 一回だけ、エッチしてしまった仲。
 性交は得意じゃないと言った彼。

「お互い、年を取りましたね」
「――さんは全然、変わらない。
 時間の流れ方が他の人と違うのかも」
「上手になったわね」
 わたしは理性を保つ。

「大きくなった?」
「人間が?」
 上村君が冗談めかす。
「うううん」
「背? まさか」

 急にエッチしたくなる。
 性欲じゃなく、
 運を変えるためのエッチ、
 と自分を説得、
 自分を励ます。

         *

 焼けぼっくいに火?

 玉手箱を開けると、
 関大カレー。


         22

 上村君が屈んで、
 靴の紐を直す。

「ん?」
 ハゲてると思ってたら、
 てっぺんだけには
 毛が結構あった。

「能ある鷹は毛を隠す」
「何か言った?」
「いえ、別に。
 最近、独り言多くて、
 自分でも困ってます」

「あ、山田さん」
 あの店で、山田さんって、
 呼ばれていた子が眼下で
 本を両手にスキップしている。

「あ、こけた」
 タマネギが転がり始め、
 キャベツやカボチャまでが
 過去に向かって、
 コロコロ。


         23

 静観としてきれいな、
 有名な神社の跡取りから、
 お見合いで一度は断ったに係わらず、
 半年後、再び、
 求婚されたこともあった。

 嫁いでたらよかった。
 とは思わないけど、
 今がいいとも思わない。

 わたしは当時、通った法学部の
 校舎のトイレに入る。

 水を出しっ放しにする。
 水が溢れる。
 思いがけず、溢れる。

 まるで、トイレ全体が
「水の中」

 目尻のしわが取れ、
 数本の白髪が黒に変わり、
 肌に張りとうるおいッ。

 くすんだわたしは
 たちまち、女学生に!

 何より、
 鏡の中の目が輝く。


         24

 一転、学生となって、
 わたしはキャンパスを歩く。

 疑うなんてことに
 貴重な時間は使えない。

 二十才のわたしが歩く。

 助けた亀に連れられて、
 青春時代という龍宮城に
「♪来てみればー、
 タイやヒラメの舞い踊り」

 一?でもずれれば、
 四十才に舞い戻る。

 わたしは隙を与えない。

 男子学生から、
 振り返られる。

 古臭い顔じゃなった。
 田舎臭い美人でもなかった。
 若ければ、
 今でも通じる顔。

 わたしは風にいたずらされる、
 スカートをそっと押さえる。