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料理に恋して/カレー編

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         13

 わたしはカフェを後に、
 キャンパス中をうろつく。

 思い出が風となって、
 わたしを翻弄する。

 牛を飼ってる人から、
 十?単位で毎年、
 お肉をもらっていた当時。

 母は洋裁が得意で、
 そのおばさんのワンピースを
 お返しに仕立てていた。

 採寸し、仮縫い。
 レース編みの濃い紫の
 ワンピース。

 母が病気などにならなかったら、
 近所の人と温泉旅行や
 趣味などを通じて、
 余生を楽しんだろうなと思う。

 長引く病人に
 人は徐々に遠退いた。

 父にしたって、
 人と喋るのは好きなのに、
 引退後はゲートボールもせず、
 飲み屋くらいしか
 行くところはなかった。

 老人の慰安旅行や
 ウォーキング会などを見ると、
 年老いた両親にもっともっと、
 人生を楽しんで欲しかった。


         14

 わたしが真っ先に手を
 貸さなきゃいけなかった。

 父からは
「わしらのことはいいから、
 自分のことに頑張ってくれ」
 と言われていた。

 母からは
「内孫もいいけど、外孫が見たい」
 と病床から言われた。

 つい最近もお見合い話を
 病床の母が電話を
 掛けまくっては見繕った。

 相手はバツ1で
 六十才のお医者さん。
 おじいさんと
 釣り合うような年齢?

 わたしの価値は地に落ちていた。


         15

 孫の顔を見せるのが
 一番の親孝行なのは
 昔から変わらず――。

 シングルマザーでいいから、
「あの時、産んでおけばよかった」

 わたしはお腹をそっとさする。

 自分の子供のような、
 年齢の学生らが
 楽しげにグループで行き来してる。

         *

 母から、
「産んどいてよかった」
 と言われたことがある。

 母から、
「あなたは私の誇りよ」
 と言われたこともある。


         16

 堕ろした後、体の調子を崩し、
 名医図鑑にも載ってる、
 有名な漢方薬の先生のところに
 行ったら、調子は回復した。

 診察の時、触診で
 お腹の下まで手が伸び、
 あそこの毛を触られた。
 クリトリスも少し。

「体にいい食事を教えてあげよう」
 と自然食レストランで
 ご馳走になった後、
「疲れたから、少し休みたい」
 とホテルに誘われた。
 腕を引っ張られた。
 嫌がると、
「もう薬を調合してあげないよ。
 体が悪くなるよ」

 六十才を過ぎたおじいさんだった。
「なんて、ひどい彼氏だ」
 と怒ってくれた人が――。

 男の人は信用できない。
「そんなことばかりしか
 考えてないのね」


         17

 人の弱みに付け込むのよ。

 人間不信が加速する。

 自分が殻に閉じこもってる、
 くらいはどうにか判断できた。

 人を敬遠すると、
 余計、人を信用できなくなる。

 分かっていても、
 なし崩しになる。

 カバンの中の
 果物ナイフに手を伸ばす。

 触ってるだけで、
 心が安らぐ。

「痛いッ」
 ぷっくり膨れた、
 米粒みたいな血に、
 生唾をごくり。


         18

 料理学部に入ろうかしら?
「料理は嫌いじゃないし」

 社会人入学はあるのかしら?

 ファンドに出資しようかしら?

「一応、校友会だし」

 わたしは尻尾を巻く。

 巻いて、オーブンで焼けば、
「おいしい渦巻きパンができそう」

 ぷっくりの血を舐める。

 料理学部に入ろうかしら?
 包丁を公然と扱えるし。