料理に恋して/カレー編
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わたしはカフェを後に、
キャンパス中をうろつく。
思い出が風となって、
わたしを翻弄する。
牛を飼ってる人から、
十?単位で毎年、
お肉をもらっていた当時。
母は洋裁が得意で、
そのおばさんのワンピースを
お返しに仕立てていた。
採寸し、仮縫い。
レース編みの濃い紫の
ワンピース。
母が病気などにならなかったら、
近所の人と温泉旅行や
趣味などを通じて、
余生を楽しんだろうなと思う。
長引く病人に
人は徐々に遠退いた。
父にしたって、
人と喋るのは好きなのに、
引退後はゲートボールもせず、
飲み屋くらいしか
行くところはなかった。
老人の慰安旅行や
ウォーキング会などを見ると、
年老いた両親にもっともっと、
人生を楽しんで欲しかった。
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わたしが真っ先に手を
貸さなきゃいけなかった。
父からは
「わしらのことはいいから、
自分のことに頑張ってくれ」
と言われていた。
母からは
「内孫もいいけど、外孫が見たい」
と病床から言われた。
つい最近もお見合い話を
病床の母が電話を
掛けまくっては見繕った。
相手はバツ1で
六十才のお医者さん。
おじいさんと
釣り合うような年齢?
わたしの価値は地に落ちていた。
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孫の顔を見せるのが
一番の親孝行なのは
昔から変わらず――。
シングルマザーでいいから、
「あの時、産んでおけばよかった」
わたしはお腹をそっとさする。
自分の子供のような、
年齢の学生らが
楽しげにグループで行き来してる。
*
母から、
「産んどいてよかった」
と言われたことがある。
母から、
「あなたは私の誇りよ」
と言われたこともある。
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堕ろした後、体の調子を崩し、
名医図鑑にも載ってる、
有名な漢方薬の先生のところに
行ったら、調子は回復した。
診察の時、触診で
お腹の下まで手が伸び、
あそこの毛を触られた。
クリトリスも少し。
「体にいい食事を教えてあげよう」
と自然食レストランで
ご馳走になった後、
「疲れたから、少し休みたい」
とホテルに誘われた。
腕を引っ張られた。
嫌がると、
「もう薬を調合してあげないよ。
体が悪くなるよ」
六十才を過ぎたおじいさんだった。
「なんて、ひどい彼氏だ」
と怒ってくれた人が――。
男の人は信用できない。
「そんなことばかりしか
考えてないのね」
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人の弱みに付け込むのよ。
人間不信が加速する。
自分が殻に閉じこもってる、
くらいはどうにか判断できた。
人を敬遠すると、
余計、人を信用できなくなる。
分かっていても、
なし崩しになる。
カバンの中の
果物ナイフに手を伸ばす。
触ってるだけで、
心が安らぐ。
「痛いッ」
ぷっくり膨れた、
米粒みたいな血に、
生唾をごくり。
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料理学部に入ろうかしら?
「料理は嫌いじゃないし」
社会人入学はあるのかしら?
ファンドに出資しようかしら?
「一応、校友会だし」
わたしは尻尾を巻く。
巻いて、オーブンで焼けば、
「おいしい渦巻きパンができそう」
ぷっくりの血を舐める。
料理学部に入ろうかしら?
包丁を公然と扱えるし。
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の