料理に恋して/カレー編
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お店の近くの一軒家。
シャッターの開いた車庫で
小さい女の子が
大きな車のドアミラーを
懸命に磨いていた。
辺りには
お父さんもお母さんもいない。
なのに、
嬉しそうに磨いてる。
言いつけられて、嫌々じゃなく、
自ら進んでやってる風。
うちはうるうるしてしまう。
殺気を感じたのか、
振り返った女の子と目が合う。
お父さんやお母さんより
誰より先に
褒めてあげたくなる。
四つん這いとなったうちは、
子豚の真似をして
「ぶー」
どうにか無視されず、
女の子も立ったまま、
「ぶー」
9
ありがたいことに、
体育会系料理部は
「うちらのことを
歯牙にも掛けてない」
「関西料理大会で
優勝することに躍起よ」
「京都や神戸の名だたる大学が
出てくるもんねぇ」
そっち方面に興味はなかった。
うちはお皿を褒めるように磨く。
その内、磨かれてるのは
自分の方の気がしてくる。
お皿なうち。
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度々、料理本を借りに行くもんだから、
大学図書館のアルバイトの
山田さんとはかなり重症の
お友達になっていた。
同じ大学の夜間部の学生さん。
うちは背中をくるりと向ける。
天敵の加奈子が来ていた。
それもスキップで!
お、お、おぞましい
「(う〜、勘弁してよぉ〜)」
うちは
「じゃ、また後で」
と山田さんに言って、
カウンターから逃げようとする。
「(絶対、うちをエサだと思ってる)」
「中浜さん」
見つかるどころか、さん付けだ。
かなり嫌な予感。
「ね、ラブストーリーしてるぅ?」
うちは思いっきり首を振る。
「ふーん、寂しい人生ぃ」
語尾を伸ばすようになってる!
「あたしはしてるしぃ」
「はい、そうですか、ではまた」
ツバメ対カメムシ。
エサにされる前に、逃げなきゃ。
うちの首根っこが捉れていた。
「聞きたくなあい?」
「よ、用事が」
笑顔の中の目に睨まれる。
うちは動けなくなる。
そして、加奈子の口から
大きなため息が
「ふあー」
片思いなのは一目瞭然だった。
うちは片思いを背負い投げ。
しようとして、
そのまま、押し潰される。
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うちは自分自身が
料理の具材になった気がする。
加奈子にダシにされたり、
エサにされたり。
決死の覚悟で、そういうと、
「気のせいよ。
中浜の被害妄想よ」
の一言で片付けられる。
挙句、
「疑い深いのは中浜らしくない」
と形勢逆転。
「ごめん」
と謝る羽目に。
うちはとほほになる。
次にあほほになる。
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加奈子は気紛れで、
タフでしたたかな、
おネコちゃん。
うちは弄ばれる、
可憐なモンシロチョウ。
そんな妄想をしては
うちは悲劇のヒロインになる。
「ああ、可哀相」
必死なのに、
ふわふわとしか、
逃げれないモンシロチョウ。
加奈子の爪に弄ばれる。
*
うちはどつかれていた。
「いててて」
痛さにしゃがみ込む。
「中浜は可哀相な自分が
大好きなのよ」
うちの妄想が見破られてしまう。
「いてててて」
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の