料理に恋して/カレー編
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今思えば、
音楽に逃げただけ?
成功でもしていれば、
すべては逆転する?
辛い思い出は
楽しいそれに変わる?
けど、ほとんどの人に
逆転ホームランは
「あり得ない」
*
教壇に立つ先生が
おばさんのわたしを見ては
首を傾げている。
ハラハラドキドキする。
昔、友達と一緒に
京大に潜りの学生となって、
男漁りに行った時の比じゃない。
わたしはノートを
見る振りをして
懸命に顔を隠す。
机と机の間の通路を歩きながら、
先生がこっちにまで近付いてくる。
追い出さないで、問い詰めないで、
こんな人前で、恥をかかさないで。
わたしはノートとペンケースを
そそくさとカバンに片付ける。
先生が別方向に行く。
わたしは上げ掛けたお尻を下ろす。
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毎朝、起きると寂しかった。
音楽を辞めると決心してから
毎朝が寂しい。
他に仕事を探すのが最優先で、
音楽は後回し、
その合い間と肝に銘じた。
朝、起きると寂しかった。
手持ち無沙汰になる。
一週間が過ぎ、
朝の寂しさから逃れるため、
ピアノの前に座り、
弾き始める。
作曲もする。
寂しさは薄らいだ。
タマネギをスライスするように。
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挫折感と無気力が
じんわりと
わたしを取り囲む。
カップラーメンを
音を立てて、
すすりたくなる。
せめてもの見栄で、
音楽的に――。
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銀紙に包まれた一口チョコが
大教室の床に落ちていた。
わたしは爪先で、
こっちに寄せる。
「よし、もうちょっと」
窓際に立つ先生が
左半身だけに光を浴び、
再び、こっちを見ていた。
目が合い、慌てて視線を
逸らしたのは先生の方。
逸らしたいのはこっちなのに。
どうして?
もしかして、わたしって、
まだまだ、イケてる?
手鏡で、化粧崩れをチェック、
上品に微笑んでみる。
なんか、少し元気になってきた。
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半年前から、わたしは
毎月、三千円で
里親になっていた。
Iカップ・ジャパンって
国際支援団体の会員。
愛のある大きな乳房で、
世界の子供たちを救おうって趣旨。
数ヶ月の一度の割り合いで、
エジプトの貧しい、
ジャスミン摘みの女の子と
手紙をやり取りをしてる。
日本各地にいるらしい、
ボランティアの翻訳者が
まず英語に訳してくれる。
わたしは手紙を書く。
書いてる時だけは
孤独じゃないのを感じる。
写真も持っていて、
半ば、自分の子供の気がする。
講義中なのも意に介せず、
写真に話しかける。
「ちゃんと食べてる?」
「勉強してる?」
*
言われたことがある。
「向こうは支援して欲しいから、
書いてるだけ。
親やスタッフから書かされてるだけ。
寄付のほとんどは団体の人件費。
子供たちじゃなく、彼らを養ってる」
授業終了のチャイムが鳴る。
九十分、無事に居れたことに
「運が回ってきた」
と自分を励ます。
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散歩中の犬にも吠えられなかった。
鳩に糞も落とされなかった。
「運が付いてる」
いい方向に向かってる。
わたしは晴れやかになる。
でも、長年の経験から、
全然、そうじゃないのは
分かっていた。
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ピアノの仕事が減った時、
わたしはバイトで
さくらをしたことがあった。
テレフォンクラブ。
寂しい女子大生の振りをして、
エッチな話に付き合う。
テレフォンセックスもしばしば。
口真似だけの時も
その時の気分次第で、
本当にしてしまうことも――。
*
久しぶりにしたくなる。
今度はさくらの寂しさじゃなく、
本当に寂しかった。
声だけは若いので、
相手はおばさんだとは分からない。
相手が老人なら、
わたしだって、まだまだイケる。
「ぴちぴち扱いかも」
援助交際じゃなく、
古風なおめかけさんを思ってみる。
過去から、カランコロンと
下駄の音が聞こえてくる。
「逆に新鮮」
キャンパスを移動しながら、
ケータイをカバンから取り出す。
老人が出ることを願って、
ケータイ画面相手に、
神社で合掌してる気分。
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知らぬ間に年を取り、
気分だけは二十七、八。
芸能人の気持ちが若いのと
同じと思いたい。
せめて、
きれいなおばさんでいたかった。
自慢のおっぱいも
張りがなくなっていた。
「年寄り相手にもう一花、
咲かそうかしら」
陸上部の練習風景を
スタンドで見ながら、
しわがれた電話の声で、
「死亡保険の受け取りを
あんたにしちゃる」
と口説かれていた。
ちょっと感動しそうになったけど、
笑うところのような気もする。
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関大キャンパスツアー、
「一日目は終わり」
紹介したいところは
もっともっとあった。
多くの卒業生や
これからの受験生や
その親御さんのため――。
そんなことを思いついては
「バカみたい」
と思う。
赤本なんだから、
問題もいっぱいなきゃ。
タイガース検定や
熊野古道検定も大流行りだし。
「正門近くの木に棲んでる、
変な鳴き声の鳥は何でしょう」
何だったっけ?
「今もいるのかしら?」
問題だらけなのは、
わたしの方――。
作品名:料理に恋して/カレー編 作家名:紺や熊の