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料理に恋して/カレー編

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         14

 今思えば、
 音楽に逃げただけ?

 成功でもしていれば、
 すべては逆転する?

 辛い思い出は
 楽しいそれに変わる?

 けど、ほとんどの人に
 逆転ホームランは
「あり得ない」

         *

 教壇に立つ先生が
 おばさんのわたしを見ては
 首を傾げている。
 ハラハラドキドキする。

 昔、友達と一緒に
 京大に潜りの学生となって、
 男漁りに行った時の比じゃない。

 わたしはノートを
 見る振りをして
 懸命に顔を隠す。

 机と机の間の通路を歩きながら、
 先生がこっちにまで近付いてくる。

 追い出さないで、問い詰めないで、
 こんな人前で、恥をかかさないで。

 わたしはノートとペンケースを
 そそくさとカバンに片付ける。

 先生が別方向に行く。

 わたしは上げ掛けたお尻を下ろす。


         15

 毎朝、起きると寂しかった。
 音楽を辞めると決心してから
 毎朝が寂しい。

 他に仕事を探すのが最優先で、
 音楽は後回し、
 その合い間と肝に銘じた。

 朝、起きると寂しかった。
 手持ち無沙汰になる。

 一週間が過ぎ、
 朝の寂しさから逃れるため、
 ピアノの前に座り、
 弾き始める。
 作曲もする。

 寂しさは薄らいだ。
 タマネギをスライスするように。


         16

 挫折感と無気力が
 じんわりと
 わたしを取り囲む。

 カップラーメンを
 音を立てて、
 すすりたくなる。

 せめてもの見栄で、
 音楽的に――。


         17

 銀紙に包まれた一口チョコが
 大教室の床に落ちていた。

 わたしは爪先で、
 こっちに寄せる。

「よし、もうちょっと」

 窓際に立つ先生が
 左半身だけに光を浴び、
 再び、こっちを見ていた。

 目が合い、慌てて視線を
 逸らしたのは先生の方。

 逸らしたいのはこっちなのに。
 どうして?

 もしかして、わたしって、
 まだまだ、イケてる?

 手鏡で、化粧崩れをチェック、
 上品に微笑んでみる。

 なんか、少し元気になってきた。


         18

 半年前から、わたしは
 毎月、三千円で
 里親になっていた。

 Iカップ・ジャパンって
 国際支援団体の会員。
 愛のある大きな乳房で、
 世界の子供たちを救おうって趣旨。

 数ヶ月の一度の割り合いで、
 エジプトの貧しい、
 ジャスミン摘みの女の子と
 手紙をやり取りをしてる。

 日本各地にいるらしい、
 ボランティアの翻訳者が
 まず英語に訳してくれる。

 わたしは手紙を書く。
 書いてる時だけは
 孤独じゃないのを感じる。

 写真も持っていて、
 半ば、自分の子供の気がする。

 講義中なのも意に介せず、
 写真に話しかける。
「ちゃんと食べてる?」
「勉強してる?」

         *

 言われたことがある。
「向こうは支援して欲しいから、
 書いてるだけ。
 親やスタッフから書かされてるだけ。
 寄付のほとんどは団体の人件費。
 子供たちじゃなく、彼らを養ってる」

 授業終了のチャイムが鳴る。
 九十分、無事に居れたことに
「運が回ってきた」
 と自分を励ます。


         19

 散歩中の犬にも吠えられなかった。

 鳩に糞も落とされなかった。

「運が付いてる」
 いい方向に向かってる。

 わたしは晴れやかになる。

 でも、長年の経験から、
 全然、そうじゃないのは
 分かっていた。


         20

 ピアノの仕事が減った時、
 わたしはバイトで
 さくらをしたことがあった。
 テレフォンクラブ。
 寂しい女子大生の振りをして、
 エッチな話に付き合う。

 テレフォンセックスもしばしば。
 口真似だけの時も
 その時の気分次第で、
 本当にしてしまうことも――。

         *

 久しぶりにしたくなる。
 今度はさくらの寂しさじゃなく、
 本当に寂しかった。

 声だけは若いので、
 相手はおばさんだとは分からない。

 相手が老人なら、
 わたしだって、まだまだイケる。
「ぴちぴち扱いかも」
 援助交際じゃなく、
 古風なおめかけさんを思ってみる。

 過去から、カランコロンと
 下駄の音が聞こえてくる。
「逆に新鮮」

 キャンパスを移動しながら、
 ケータイをカバンから取り出す。
 老人が出ることを願って、
 ケータイ画面相手に、
 神社で合掌してる気分。


         21

 知らぬ間に年を取り、
 気分だけは二十七、八。

 芸能人の気持ちが若いのと
 同じと思いたい。

 せめて、
 きれいなおばさんでいたかった。

 自慢のおっぱいも
 張りがなくなっていた。

「年寄り相手にもう一花、
 咲かそうかしら」

 陸上部の練習風景を
 スタンドで見ながら、
 しわがれた電話の声で、
「死亡保険の受け取りを
 あんたにしちゃる」
 と口説かれていた。

 ちょっと感動しそうになったけど、
 笑うところのような気もする。


         22

 関大キャンパスツアー、
「一日目は終わり」

 紹介したいところは
 もっともっとあった。
 多くの卒業生や
 これからの受験生や
 その親御さんのため――。

 そんなことを思いついては
「バカみたい」
 と思う。

 赤本なんだから、
 問題もいっぱいなきゃ。
 タイガース検定や
 熊野古道検定も大流行りだし。

「正門近くの木に棲んでる、
 変な鳴き声の鳥は何でしょう」

 何だったっけ?
「今もいるのかしら?」

 問題だらけなのは、
 わたしの方――。