アキちゃんまとめ
三千世界の刀を屠り 主と添い寝がしてみたい-9
「石切丸!」
荒北は咄嗟に叫ぶが、折れた石切丸の柄が床に転がり、刃の先が畳に突き刺さる。咄嗟に拾うべきだと柄に手を伸ばすが、先で折れたとはいえ一メートル以上ある鉄の塊だ。軽々しく拾うには力が足りず、荒北は取り落としてしまう。その横を今剣が下駄で蹴り上げてくるのに違和感を感じ咄嗟に目を凝らせば、今剣が短刀を持っていないことに気付いた。そういえば、彼の短刀は石切丸に突き刺さったままでたった。それによって石切丸と共に掻き消えたのだろうか?
しかし何にしても、純粋な腕っぷしで子供に負けるわけにはいかない。咄嗟に今剣に拳を繰り出せば、驚いたように一歩下がる。どうやら反撃されるとは思いもよらなかったのだろう。
獲物を持ったままだった蛍丸が荒北に向けて殺気を放った直後、部屋の奥、襖が勢いよく開かれる。いや、蹴り破られたという表現が正しいだろう。
「――気に食わんなぁ」
はは、と美丈夫が笑う。瞳の中の三日月がぎらぎらと光を放っていた。
「まったくもって、気に食わん」
突然の乱入者に対して斬りかかったのは山姥切であったが、三日月の一振りで床へと叩きつけられる。その強烈な一撃に空気が震え、荒北の背に寒気が過ぎる。
「来たのぅ、おぬし」
エッエッエッ、と特徴的な笑い声をたてる待宮の瞳が、赤く、黒く、淀んでいくのが荒北には見えた。チッと舌打ちをしながら、畳の上に転がっている石切丸の――刃先を取った。持った瞬間、指先が痺れ手の平に熱が走ったが、構わずその二十センチほどの刀身を持ち上げて走り出す。
「テメェ、待宮ァ!」
「おぉっと、蛍――」
「爺を忘れるでない」
待宮の言葉にかぶせるようにして蛍丸が刃を向けるが、三日月が踊る様にして蛍丸の一撃を打ち沈める。ギィン、と耳触りな音と共に蛍丸の大太刀の先が畳へと沈む。そして大太刀を足の裏で押さえながら、三日月は容赦なく蛍丸の喉元を抉った。
光忠も蛍丸の小さな背を斜めに切り落とそうと腕を振り上げるが、獣のような咆哮と共に三日月ごと大太刀を振り回した蛍丸によって弾き飛ばされてしまう。
「無理をするな光忠、毒矢にやられておるだろう」
「どうして分かっちゃうかなぁ!」
蛍丸が狂ったように大太刀を振り回し、二人を払いのける。その隙に待宮はアキの身体をぞんざいに放り、胸元から懐刀を取り出した。それがアキの白い腕に滑らされる寸前、荒北が待宮の前まで飛び出してくる。
「そいつを離しやがれ!」
「勇ましいのぉ。しっかしいつまで続くけぇのぉ?」
のらりくらりとした身体捌きで荒北のバラバラな太刀筋を避ける待宮は、こんな時でも笑っている。その両目は暗闇でも爛々と輝き、不穏な光を放っていた。
「破瓜の血をもろうてこいとの事じゃったんじゃが、この際どんな血でも構わんわ」
「っざけんな!」
大きく振り下ろした荒北の刃を難なく眼前で受け止め、待宮はニタニタと笑う。
「アイツに手ェ出しやがったらぶっ殺す…!」
「ほぉ?お前に守れるんかのぉ?」
つばぜり合いをしている間にも、刀身を素手で握っている荒北の手にはどんどんとその刃が食い込んでいく。しかし両手で力を込めなければ待宮にすぐさま跳ね除けられてしまうだろう。奥歯を噛むとガチリ、という音がする。おそらく力を入れ過ぎて歯が欠けたのだ。しかしそれを構っている余裕はない。
ぐっと右足を半歩進ませる。待宮の右目が訝しげに細められた。
痛覚を自覚していては、すぐに負けてしまう。荒北は息を詰め、右手に更に力を込める。つぅ、と皮膚を突き破った刃から一筋、血が伝った。
「頑張りは認めたいんじゃが、厳しそうじゃのう」
「じゃあ手伝ってやるよ!」
意識を取り戻したのだろう、薬研が荒北の背後から飛び出してくる。しかし待宮と薬研の間には未だ荒北が居る。このままでは荒北の身体が邪魔となり、刃は待宮に届かないだろう。
待宮が一歩引いて荒北から離れようとするが、荒北はその隙をついて更に刃へと力を込める。予想外の動作に待宮は片膝をつく。荒北がその上から待宮をその場へと縫い付けるために、両手で刀身へ力を込めた。
「お前、荒北ァ!」
「覚悟しやがれ!」
叫んだのは薬研だった。
薬研は背後から荒北の腹を貫きながら刃を滑らす。そしてそのまま待宮の右腹を刺し、勢いをつけたまま足を払う。仰向けに倒された待宮の腹を、畳に縫い付けるように刀身を進める。その瞳は煌々と輝き、刀の本分を全うしている、という使命感にも基づく光にも見えた。
「柄まで通してやるよ!」
薬研の声が室内に甲高く響く。主の危機に蛍丸たちが反応しているが、三日月と光忠がそれを許さない。
荒北は倒れ、腹の痛みに呻き、縫い付けられている待宮の上に乗り上げる。膝立ちで見下ろし、荒い息をつく。
「――覚悟しやがれ」
静かに、まるで宣誓にも似た声色で荒北は待宮に告げる。
そして握っていた刀身を待宮の身体に突き立てる。心臓がある「筈」の、その部分に。躊躇もなく。
「ぐ――ァ――ッァァアアア”!」
耳を劈く、濁った叫び声。
荒北の刺した場所からは一滴の血も零れない。その代わりに黒い澱のようなものがどろどろと溢れ、畳へと零れていく。
荒北は手の痛みも忘れ、もう一度、力を込めた。
獣の断末魔と紛う悲鳴が辺りを埋め尽くし、徐々に掠れて弱っていく。
待宮の叫び声が止む頃には、淀んでいた空気が徐々に霧散し始めていた。薬研が短刀を引き抜いた場所にはスッとした一筋の赤い筋が入っていただけで、血は零れていない。
蛍丸、今剣、山姥切はぱったりと糸が切れたようにその場にへたり込んでいる。三日月と光忠が目くばせをしてきたのを見て、荒北はゆっくりと待宮から刀身を引き抜いた。そこはやはり衣服も破れておらず、血も零れなかった。刺した感触はあった筈なのだが、無我夢中でどうも曖昧だ。
待宮は気絶したのか眠ったのか。瞳を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
荒北は、ハァ、と息を吐き、待宮の横に崩れるようにして座り込んだ。
「大将!」
薬研の声を辿れば、ちょうど薬研がアキを抱き起そうとしているところだった。光忠がアキの脈を取り、目立った外傷がないか確認している。
屋敷の中の暗闇と魑魅魍魎が、朝日に照らされ翳んでいく。ぼんやりとした光が三日月の蹴破った襖の向こうから差し込んでくる。そんなに長い時間、この屋敷に居たのだろうか。荒北がぼんやりと考えていると、微かな高い声が聞こえた。
ゆっくりと瞼を持ち上げたアキがぱちぱちと何度も瞬きし、三者三様にぼろぼろになっている刀剣男子たちに声をかける。明るくなってようやく気付けたが、余裕のありそうだった三日月さえ、いつもの優雅な衣服のそこかしこに切り傷や汚れを作っていた。
ふと、アキが首を回して荒北を見た。そして驚きに目を丸くする。
あぁ、と荒北が石切丸の刀身を持ってアキの目の前まで歩み寄り、膝をつく。アキと視線を合わせ、手の平の上に乗せた石切丸の折れた刀身を見せた。
「悪ィ……俺を庇って、コイツ、折れちまった」