アキちゃんまとめ
三千世界の刀を屠り 主と添い寝がしてみたい-8
香りを辿るように走れば、後から距離を置かずに光忠がついてくる。それに遅れるように背後を守っているのは石切丸だ。
左右に部屋の連なる細い廊下を一列で走っていれば、自然と先頭は荒北に固定される。左の襖が突然開き、荒北の眼前に骸骨が躍り出た瞬間、荒北はたたらを踏んで立ち止まった。それと同時、背後から軽く三人を飛び越えて、荒北よりも小さな影がその骸骨を討った。
「おいおい懐刀も持たずに先陣かい?勇ましいねぇ」
「……薬研藤四郎」
「アンタに呼ばれる筋合いはねぇな。いや、そっちにゃ俺っちの兄弟が居たか」
まぁ、ここじゃどうでもいいことだ。
頬に走っている一本の傷から止めどなく血を流しながら、飄々とした様子で薬研は続ける。改めて見れば薬研の顔色は随分と悪く、今までの戦いで随分と磨耗しているのが分かった。
「薬研くん!」
荒北よりもちょうど頭一個分、背の高い光忠が背後から覗き込む形で薬研に声をかける。おう、と軽い調子で薬研はそれに応えたが、息を整えながら荒北に向き直った。
「大将は、アンタにとってなんだ? 命を賭けてやれるか?」
「ッゼ! ンなこと言われて軽ーくハイソウデスって言えっかよ。命かかってんたろ? こっちも、あっちもだ!」
「俺は賭ける。だからアンタも賭けてくれ」
「ハァ?!」
「それくらい頼むぜ。男だろ」
そう言い切ると、薬研はシニカルな笑みを浮かべたまま、くるりと背を向ける。短時間すぎる相対は、荒北に違和感だけをもたらして去っていく。
無言で先頭を走り出した薬研の後に、荒北も続く。花の香りのする方向に向かっていることは分かった。おそらく薬研に限らず短刀というのは、こうした室内での斬った張ったに長けているのだろう。暗闇に目の慣れぬ石切丸や光忠よりもはるかに素早く相手の急所を討ち、次の道を見つけている。
「ーーあそこだ!」
一等奥に作られた、金屏風様に飾り付けられた襖を蹴り破り、薬研が中に突入する。おい、と荒北が声をかけるより早く、室内から溢れ出てきたのは吐き気を催す腐臭だ。
「なんじゃーー早かったのぅ」
闇にとけ込みそうな暗さの中、部屋の奥でずるりと体を起こしたそれが、耳障りな声を響かせる。
纏っていた深緑の肩掛けを畳に落とし、こちらを見やる男の下に、探していた少女が居た。
「大将!」
「主!」
思わず足を止めてしまった荒北の代わりに、真っ先に薬研が部屋に飛び込むと、右側から銀色に輝く髪を揺らした小さな陰がふたつ、飛び出してくる。薬研が一振目の攻撃を腹で受け、部屋の外へと弾き飛ばされぬよう踏みとどまれば、続く二撃目が放たれた。
左肩をしとどに打ったそれは、大太刀である蛍丸の一撃であった。
「テメェ、審神者か!」
「なんじゃァ、気に入らんか?」
エッエッエッ、と笑う待宮に舌を打ち、荒北も室内へと足を踏み入れようとする。しかしそれは薬研に一撃目を与えた銀髪の短刀、今剣が許さなかった。
懐に飛び込むようにして振り降ろされた一刀をどうにか体を捻って避ける。今剣は深紅の瞳を爛々と輝かせながら、荒北に小さな攻撃を重ねて室内への進入を拒んだ。
荒北を押し退け、光忠と石切丸が今剣に刀を振り降ろせば、引き際とばかりにぽんと畳を蹴り、部屋の中枢まで距離を取る。
それを追って二人が部屋に入れば、今度は部屋の左側に隠れていたらしい山姥切が躍り出る。これにたたらを踏んだのは意外にも石切丸であった。どうやら小回りの利く短刀たちと違い、大太刀である石切丸はこうした室内戦が苦手らしい。それよりも御神刀であり、戦事はいくらか不得手な分もあるだろう。
三対三。それでも疲労困憊な彼らたちでは分が悪い。
荒北は舌打ちをすると、震えていた足を殴りつけ、部屋の奥へと駆け出す。遠目では横たわっているアキの髪の毛しか分からない。生きているのか、死んでいるのかも。
「ほうれ、背後ががら空きじゃ!」
「!」
その声に振り向けば、今剣がまさに今、短刀を荒北に突き立てようとしているところであった。そして次の瞬間、荒北を庇ったのはやはり石切丸であった。
鳩尾に刃を深々と刺されたまま、石切丸はそのまま今剣の手をつかむ。
「おい!」
今剣は石切丸に手を掴まれ、刃をそれ以上抜き取ることができずに身をよじった。いくら力を込めようとも、か弱い腕では石切丸の握力には勝てない。その今剣を飛び越えて、頭上から同じく小さな影が飛び込んでくる。蛍丸はその短身に似合わぬ大太刀を、勢いに任せて振り降ろしてきた。
「薬研くん!」
光忠の声が響く。
「ぐぁっ!」
とっさに石切丸と蛍丸の間に入った薬研が切り捨てられ、幾分か弱まった太刀筋を石切丸が己の刀で受ける。
がっくりと力なく畳に横たわる薬研の身から、自身そのものである刀が取り落とされた。
荒北が薬研を視認すると同時、ギシリ、と嫌な金属音が響く。
はっとして視線を戻せば、石切丸自身である刀、そのものに罅が入っているのが見えた。
刀身で、蛍丸の刀を受けているその状態で、どんどんと力をかけられ、罅が広がっていく。荒北が石切丸を呼ぶより早く、その身が振り返り、荒北を視線で射抜いた。
「ーー我が刀を持ちなさい!人間!」
叫ぶと同時、石切丸自身ーーつまり刀が切っ先より十センチほどの所から欠け、人の姿が掻き消える。
耳障りな、バキン、という音を立て、石切丸は折れたのだ。
2015/10/07