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アキちゃんまとめ

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28平方センチメートルの望み


※逆行高校北さん(18)×未来から来たアキちゃん(18)

「申し訳ありません、そちら、販売終了してしまいまして……」

 周囲を見渡す限りの人混みに、甘ったるい匂いが充満したデパートの一角。妹の買い物に付き合ってやってきてみた戦場で、荒北はここでようやくこの場の過酷さを知った。
 妹がクラスの男子にあげるためのチョコレートを一緒に選んでやるのは些か複雑ではあったけれど、これも兄の務めと言われれば仕方がない。そういえば以前の人生ではここまで妹に何かをしてやることは無かったかもしれない。なにしろ前回の高校三年の二月は下宿先を探すことと後輩指導で手一杯だったのだから。人生のやり直しは、どこで生きてくるのか分からないものである。
 妹がどうにか予算と好みに見合うものを見付けた横で、荒北も立ち並ぶショーケースたちの中に一つ、目を引くものを見付けた。それは水色の、ちょっと潰れた鉛筆のような形をしていた。あぁ、家をモチーフにしているのか、とすぐに気付くことが出来たのはそこに窓が描かれていたからだ。窓際から飛び立っていく水色の小鳥。空の色をはためかせるそれに、一人の少女を思い出したのは言うまでもない。
 チョコレートなどガラではないけれど、明日は彼女と約束をしている。十三日はお兄ちゃんのところに行くの、と屈託のない笑みで告げてきた彼女の危機管理能力を最早とやかく言うつもりもない。彼女の兄(という役になっている彼)は、姪を可愛がるのに必死なのだし、たまにはその恩恵を与らせて頂いている身としては口をつぐむしかない。
 デパ地下に居る男子高校生は目立つけれど、恥ずかしいなどとこは言っていられない。きっと彼女はチョコレートをくれるだろうけれど、貰いっぱなしなのは気に食わない。それに最近の荒北には一つの嫌な予感があった。一か月後のホワイトデーに、果たして彼女は自分の隣に居てくれるのかどうか。根拠の無い不安が、荒北の背をゆっくりと押す。
 しかしどうにか妹の買い物を終わらせ、前述の店に戻ってきてみれば、冒頭の言葉が返ってきた。人生は、ままならない。

「申し訳ありません!」
「あ、イエ……」

 店もバレンタインの力を舐めていた訳では無いだろう。けれども彼女を連想して、それをあげたいと思ったのも確かだ。どうしたものか、と首を捻りつつショーケースを見下ろしてみる。待たせるのは良いが待つのは嫌だ、という妹の空気を背中で受け流しながら視線をずらしていく。
 すると宝石箱のような作りをしたボックスが目に入った。つややかなブルーの中心にささやかに座っている薔薇のモチーフ。中身にも薔薇を模したチョコレートが入っているようで、隣の説明プレートには「希望を表すイエローローズ」と書かれていた。
 彼女はああ見えて、気に入ったものを隠す癖がある。荒北にもらった安いネックレスも、レンに貰った細い腕時計も。出会った当初に荒北が気まぐれであげた安いお菓子の空き缶に、それこそ本当に大事なものだけを仕舞っている。まるで、いつもそれだけ持っていればどこかへ行ってしまえるかのように。
 荒北は店員に再び声をかける。ブルーのボックスの横にはレッドのそれらもあったが、荒北は首を振って再度、色を指定する。
 多分これは女々しい考えなのだろう。食べて終わるようなものではなくて、もう少しだけ手元に置いてもらえるようにと。もちろんチョコレートを食べ終われば、そこにあるのは宝石箱に似ているだけの小さな缶だ。
 けれども荒北は想像する。彼女の形の整った桜色の爪が、カコン、と軽い音を立ててそれを開く未来を。
 それは何故か、遠い日に置いてきてしまった彼女を連想させるものだった。

(2015/02/15)
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ