アキちゃんまとめ
真夜中はお静かに
怖がるように少しだけ身を引く。無意識のそれが、いじらしくてかわいいと思う自分はおそらくもう末期なのだ。
寮の壁は薄く、いつも彼女は声を抑えようとしながら擦り寄ってくる。当初はとんだ生殺しだとも思ったが、なんてことはない。すぐに彼女がそれほどまでに自分と居たいのだという優越感に摩り替ってしまった。
夏が近い。夜はますます湿度を増し、二人でくるまるタオルケットの中に熱がこもっていく。それでも離れようとは思わなかった。それは彼女も同じなのだろう。荒北は暗闇に慣れ始めた目で彼女の双眸を覗き込んだ。微かに唇を触れさせるだけの戯れに、我慢が効かなくなったのはお互い様だった。彼女の瞳がうっすらと水気を帯び、まなじりがゆるりとほどけて桃色の色を放つ。
「口、開けて」
「……ん」
ゆっくりと開かれた唇に、かぶりつくようにして自分のそれを重ねる。奥深くまで支配したいと、自分の性が首をもたげた。薄く開かれただけだった唇の奥に舌をねじこみ、逃げをうとうとする舌の奥をぞろりと撫でてやる。
「ン、っぁ……」
時間をかけて、じわりじわりと。擽るよりも、これはもう愛撫に近い。彼女の口の中を、自分にしか触れることのできない性器にしたいのだ。根元を辿り、裏筋を追い、舌先を離すまいと絡め取る。零れそうになる甘い唾液を吸えば、じゅっと思ったよりも大きな音がたち、ピクリと彼女の睫毛が震えた。
右手で耳の後ろの形を確かめるように触りながら、左手で彼女の後頭部を支える。戯れ始めた時は互いが横向きに抱き合っていたけれど、いつの間にか自分が圧し掛かるような体勢になっている。次から次へと込み上げてくる唾液を彼女の咥内に流し込めば、軽く舌を食まれてから、こくりと喉が動いた。
息継ぎをするのすらもどかしい。このまま互いの舌が一つの生き物となればいいのにと柄にもないことを考える。唇が離れそうになれば追いすがり、両手に力を込める。彼女の逃げは、いつだって遠回しの遠慮だ。
「アキ」
心のままに名前を呼べば、思ったよりも掠れた声が出た。先程から瞑られていた瞳がそろそろと開き、またも薄い湖面のような輝きが現れる。
「逃げンな」
再び彼女に覆いかぶさり、枕に後頭部を押し付けるようにして動きを塞ぐ。タオルケットの中に二人だけの荒い息が反響していく。今だけ、ここだけは間違いなく二人の世界なのだ。目の前に居る彼女が、あの世界に置いてきた彼女でなくとも、ここに居る彼女は本物なのだ。彼女を想う気持ちも、彼女が自分を想う気持ちも、決して紛い物ではない。
やすとも、と彼女の唇が動く。音にはならない。すぐにその音ごと呼吸を塞がれ、しとやかな吐息に変わる。きっとこれに色がついたなら、薄い桃色となるのだろう。
未だ彼女を逃がすまいと形の良い後頭部を撫でながら、右手をゆっくりと下ろしていく。くん、と小さく動く喉仏を辿り、鎖骨の淵をなぞり、なだらかな丘に指を沈ませながら紅色の頂に向かう。
同時、彼女の腕がするりと動き、こちらの髪に指を指し込む。よわよわしく、そしてたどたどしい動きで、それでも何を求めているかはすぐに分かった。
もう一度、彼女の頬を撫でながら手を回す。夜はまだ長い。まずは存分に互いの唇を貪ってからでも遅くは無いのだ。
2015/05/23
キスのお題:16「後頭部に手をあてて」