アキちゃんまとめ
クエスチョン・ユー
どうして彼女は可愛いのだろう。
金城は久しぶりに会った少女の横顔を眺めながら、彼にしては珍しくそう思った。
アキはクリスマス一色に彩られた街の中でああでもないこうでもないとモールの端から端までを網羅しながらマフラーを探していた。出資者は金城で、これは両者の同意の上だった。アキが両親に何かをあげたいんだけどどうしようかと言った時、金城は「なら手編みのマフラーでも作るか?」と言った。それから金城の指導の元で編み物を少しずつ進めていたのだが、初心者で尚且つ得意分野以外には不器用なアキでは難しかったらしい。半泣きで金城の前で半分も完成していないマフラーを握りしめていたアキを、金城はどうやって慰めていいのか分からなくなった。
買えば一瞬。しかし手作りの何かをあげたかったらしいアキの背中は少し寂しそうでもあった。金城は、アキが選んだものであれば両親も喜ぶだろうと言ってはみたものの、アキの不器用にもひたむきな姿勢を思い出しては内心で溜息を吐いてしまう。
「ネェ、金城サン、これどうかなぁ」
アキが見せてきたのはスカイブルーの刺繍糸が毛糸に編み込まれたホワイトが主体のマフラーと、ワインレッドと萌黄色がジグザグに揺れている柄のマフラーだった。
「あぁ、いいんじゃないか」
金城がそう言っても、アキはそう?とどこか自信無さげだった。この少女が金城の前では聞き分けの良い子供になるのが不思議だ、と思う。荒北の事が好きだと公言して憚らない彼女は暇さえあれば彼の家に向かい、頼まれもしない家事をしているのだという。毎日毎日、膨れたりむくれたり笑ったりコロコロと表情を変えながら。
金城の前でアキはいつだって「良き子供」であった。反抗期らしいものが無かったと周囲はアキを評価するが、金城はその裏でアキが何度も不安そうに帰路を急いでいたのを知っている。早く大人にならなければ荒北に振り向いてもらえないと思ったのだろう。その考えの行きつく先が髪色を染めることであったことには、やはり親子だと妙に納得したのを覚えている。
「……じゃあ、これにする」
「お前がちゃんと選んだんだ。二人とも喜ぶぞ」
「そうかナ」
会計を待つ間、手持無沙汰に髪の毛を弄るアキのつむじは綺麗な左巻きをしていた。金城が最後にアキの頭を撫でたのはいつだっただろう。今や高校生になったアキから逆算してみれば、五年ほどは前だったかもしれない。
「荒北にはもうプレゼントを用意したのか?」
「ウン。やすともには手袋にしたノ。黒いヤツ」
荒北の話を振れば、アキは必ず返事をする。荒北と大学で一緒だったという金城から聞く話はアキにとって新鮮な部分が多かったらしく、中学に入るといつもアキは金城に大学時代の話をねだった。金城はアキのとろけるような瞳に向けて、大学時代や、それからのことをよく話した。
荒北の名前が出るたびにアキの、母親譲りの色素が薄い瞳は彼女の恋心に反応するように煌めき、やわらかな蜂蜜の波打ち際のようにゆらゆらと喜色を浮かべていた。金城はアキの、その瞳を見るのも、まるで話に登場した荒北をそこに眺めているかのような横顔も好きだった。
金城はそのアキの横顔が白く輝く度に、彼女を可愛いと思う自分を再確認していた。
恋をすると女性は美しくなる、という。ならば彼女が可愛らしいのも、あんなにも輝いて見えるのも恋をしているからなのだろうか。
不意に、余所見をしていたカップルの男の方がアキの肩にぶつかった。あ、とアキが小さく声を上げると同時に細い体が揺らぐ。咄嗟に金城の腕を掴もうとしたのかもしれないが、それよりも早く金城がその腕でアキを引き寄せた。腰にしっかりと腕を回して支えれば、二人はぴたりと密着する。分厚いコートに阻まれているのが残念だ、と考えた所で金城は自分の思考に首を傾げた。どうして自分は残念だと思ったのだろう。
「(そうか)」
アキがごめんなさい、と身体を離して俯く。その耳は見間違いでなければ確かに赤かった。金城はその姿を見て、やはり愛らしいと思う。
「(彼女を可愛いと思うのは、彼女が恋をしているからじゃない)」
俺が彼女に恋をしているからだ。
遅まきの感情を自覚した蛇の隣に立つ少女は、数分前までとは全く違った心持ちで隣に立つようになった男のことなど知らない。
※蛇に見初められた小鳥
2014/12/26