アキちゃんまとめ
ビターステップの恋愛指南
「どうかな?変じゃナイ?」
おずおずと試着室のカーテンを開けたアキの恰好に、金城は緩みそうになる表情筋を久しぶりに酷使した。いつもならば福富の鉄仮面にも勝るポーカーフェイスが、ふいに崩れそうになる。それはいつもこの少女の前でのことだった。
数日前に訪れた小野田家で顔を合わせたアキが、喜色満面といった様子だったのでつい何があったのかを訊ねてみたのだ。すると彼女は「今度、やすともがプールに連れてってくれるんだって」と言ってふにゃりと笑った。海でなくプール、というところが物ぐさな荒北らしい、と金城は思った。そしてその約束が果たされるのはおおよそ五割ほどの確率であることを。
そしてアキは、水着を買いにいこうと思ってネ、とふわふわと笑った。聞くに兄や母からもらう水着は見飽きているから、らしい。荒北には見せたことは無いものたちがゴロゴロとあるだろうに、彼女はどうしても新しいものを荒北に見せたいのだという。
そしてそんな彼女の様子を見れば、自然と次の言葉は形になっていた。
「なら、次の休みにでも買いに行くか?荒北には当日まで内緒にしておきたいのだろう?」
金城の申し出にアキは目を丸く見開いたが、少しだけ迷った後に了承のポーズを取った。以前、金城が共に選んでくれたクリスマスプレゼントが両親に喜ばれたこともあるのだろう。
なら決まりだ、と金城は容易く次の約束を取り付ける。
その来たる日が、今この日というわけだ。
「似あっているじゃないか」
「そ、そう、カナ?」
くるりと一回転してみせるアキが着ている水着はいわゆる「モノキニ」という水着で、前面は一見ワンピースタイプに見えるのだが、よく見るとウエスト部分の生地がくびれており、背面から見るとビキニに見えるという珍しいタイプの水着だ。今年のトレンドだと銘打たれたそれはファッションの最先端にいる一家の次女にとって見慣れたデザインでもあったらしい。
マリンを意識したブルーのストライプは可愛らしいが、姿見に全身を映しているアキの背中は金城から丸見えだ。このタイプの水着は前面に布地が多いため、着ている人間のガードも緩くなる。自分から見える部分が隠れているからと無意識に安心してしまうのだ。もちろん身長のある金城からはアキの胸の微かな谷間もヒップにかけたラインと少しだけ浮いた生地の奥も見えてしまうのだが。
「曲がっているぞ」
「アリガト」
首元で結ばれたホルターネック状のリボンを結び直すために項に触れる。そこに拒否は無い。アキは金城を年の離れた兄とでも思っているのかもしれないし、もしくは両親の信頼する人間、という枠組みかもしれない。しかし確実に、金城はアキの身なりを整えられるくらいの信頼は得ているのだ。
アキの好きな人間は荒北であることは周知の事実。それでも金城は一歩ずつアキとの距離を縮めている。手に触れても驚かれなくなった、人混みで肩を抱いて庇っても拒否されなくなった、こうして下着に近い恰好まで金城の伺いを立ててくるまでになった。
もちろんそこにはアキが金城を異性として見ていないという前提があるのだが、それは後からひっくり返せばいいと金城は思っている。
「似あっているよ」
金城はもう一度、言い聞かせるように言った。
アキが自分で選んだ気になっている、金城が選んだ水着を鏡に映しながら。
あとは荒北とアキが出かける日付を聞いて、それに合わせて荒北の仕事量を調整してやればいい。手段はそこかしこに転がっているのだから。
夏を目の前に、ひたりと冷たい蛇の舌が少女の影を舐めた。
※そうすれば後は、オレと行くしかないだろう?
2015/06/22