アキちゃんまとめ
君と見た不文律の話
※元泉田・現黒田さんからみた福アキちゃんと荒北さん。
すごく、晴れた日だったことを覚えています。
福富さんとアキちゃんが結婚してから一年も経たなかった頃ですが、女の子というのはこんなにも変わるものなのだなと感じたことを覚えています。
自分が福富さんの下で指導を受けたのは一度だけでしたけれど、それでもあの人の誠実さを信じなかった日はありませんでしたし、きっとアキちゃんを守るために尽力していたのだということはすぐに分かりました。それほどまでに彼女は落ち着いていました。というよりも、安心していたように見えます。普通だったら、未成年での妊娠というものには不安と戸惑いしか与えられませんものね。
そうです、その日は珍しく自分も含めてある程度の人数が小野田夫妻の家にお邪魔していました。ちょうどロードもオフシーズンだということもあって皆都合をつけてきたのでしょう。
そこで遅れて福富さんとアキちゃん……福富夫妻と呼んだ方がいいでしょうか? でも、ここではあえて、名前の方にしておいたほうが良さそうですね。
アキちゃんが子供ができたということを皆に伝えたとき、驚きこそすれ、反対する人は誰もいませんでした。だって、戸籍上は立派な夫婦ですし、アキちゃんは福富さんの妻として遠征場所についていくくらいのことはずっとしていましたから。皆がこぞってお祝いの言葉を伝える中、自分は彼らから一番遠くの席に居たために、荒北さんの横顔がよく見えました。荒北さんも私に負けず劣らず、輪の外に居ました。あの人はああいう性格ですから、我先にとお祝いしたがる人ではないのだと、その場ではそう思ったのです。ですが、次の瞬間、横顔から分かる表情をみて、すぐにそれが間違いだと気づきました。荒北さんはあえて近付かなかったのではなく、動けなかったのでしょう。
自分が言うのも何ですが、荒北さんはきっと、福富さんとアキちゃんがそういう……男女間の関係を持つことを想像できていなかったのでしょうね。
二人を神聖視して、勝手に肉欲とは切り離して考えていた。彼にしてみれば、キリストとマリア様がまぐわったぐらいの衝撃だったのだと思います。あのときの荒北さんの表情は、すっかり人間としての感情が抜け落ちた……いえ、どこか……絶望すら感じていたようなものだったと記憶しています。
荒北さんはアキちゃんのことをどこかで神様のように思っていたのかもしれません。神様だから、自分のことをきっと嫌いになるはずもないと思っていたし、神様だから人間のように誰かと恋情を通じあわせることもないと思っていたのでしょう。私たちが福富さんとアキちゃんの間に子供ができたと聞いても、それは全く汚らわしいものではないと感じます。でも、荒北さんにとって、汚してはならないと信じていた存在の二つが、実は人間で、自分が手を伸ばしても良かったという事実を突きつけられたことに他なら無いのです。
彼女は人間ですよ。だから、手を繋いでも良かった、キスをしても良かった、セックスだってしても良かったんです。荒北さんは、あのとき、ようやく彼女が神様ではなかったことに気付いたんでしょうね。
あぁ、はなしすぎてしまいました。
どうか、この話は内密にお願いします。こんなことを誰かに話したのだと知られれば、きっと雪成に怒られてしまいますから。